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19.眠れる暴れ神

お読みいただきありがとうございます。

『良いでしょう。それで?』

『……原紙側の微かな変事を察知できる筆頭は、現在進行形で複製を所持しているセインだ。だからガルーンを使って、あの子の目を眩ませた。精神を追い込み、異常を感知する余裕を剥ぎ取ったんだ』


 かつて自分に地獄を見せていた者が聖威師になり、再び自分を虐げると書かれた脅迫状を受け取れば、フルードは大きく動揺する。そうして狼狽させることこそが目的だった。

 逆に言えば、そのような回りくどい手段を取るまでしなければ、フルードの精神を揺らせなかった。


(滞留書へ意識を向けないよう、神威を使ってセインの精神を軽くでも誘導できれば良かったんだろうが……それは難しいからな)


 聖威師の在り方や立ち位置が現在と近いものになったのは、帝国と皇国が創建された時期だ。それから今まで三千年以上の年月が巡る中、数え切れないほど様々な事が起こった。

 その中の一つに、『愛し子を早く昇天させたい主神が、愛し子の思考の一部を鈍らせて滞留書の更新を忘れさせようとする』出来事があった。


 結果のみを言えば、その目論見(もくろみ)は中止され、最終的に更新はなされた。だが、主神の行為に関しては天界でも議論された。滞留書を用いて地上に留まることは他ならぬ天が認めた権利であるのに、天に属する神がそれを阻害するようなことをして良いのか、と。

 神々が話し合った結果、『聖威師の精神に干渉し、滞留書のことを忘れさせたり意識から外させたりする行為をしてはならない』という規定が設けられた。


 だからこそ狼神は、滞留書のことを考えないようフルードの心に働きかけるというダイレクトな方法を使うことができなかった。ガルーンの脅威という別の事で頭を埋め尽くさせ、そのことで精神と思考を満杯にするという間接的なやり方を取ったのだ。


(だが、規定で明確に禁止されたのは、あくまで聖威師の心に手出しする行為だ。滞留書そのものへの干渉を禁止する内容は明文化されてねえ。狼神様はそこを突いたんだ)


 山吹の双眸が、黄金の火の粉を爆ぜるように鋭く光る。


『ガルーンの脅迫状が届いた時から、葬邪神様がセインを異空間に隔離するまで。その数日間に、天界の滞留書か箱に何らかの干渉が行われていた。万が一にでもそれを悟られないよう、ガルーンへの懲罰を利用した』


 フルードには不安で心をいっぱいいっぱいにしていて欲しかったので、他の聖威師たちにもガルーンの真相を伝えなかった。そうでなければ、心配無用であることをフルードに教えられてしまい、精神の余裕を取り戻されてしまうからだ。


『そうしてセインの精神を追い込み、滞留書の写しから意識を完全に逸らさせた』


 ほんの僅かな異変の気配くらいであれば、察せず流してしまうように。


『さらに、ガルーンたちの認証後は葬邪神様を勧請することに全神経を注がせ、疲労困憊させた状態で異空間に隔離した。その一連の間、間違ってもセインが滞留書に思考を向けないように。……葬邪神様を勧請する役がセインに振られることも読んでたんでしょう。セインはアリステルに次いで葬邪神様との面識が深いですから』


 異空間にいれば、地上にいる時よりも天界の滞留書の異変を察知し難くなる。一の邪神が、頑なにフルードを異空間に留めようとしていたというのも、それが理由だったのだろうか。

 結局、ラミルファが力ずくでブチ破り、兄弟喧嘩はしたくないと葬邪神の方が譲歩したようだが――ちょうどそのタイミングで滞留書への細工が完了し、目的を果たせたので引いたのかもしれない。


(本当のトコは分かんねえけどな。どこまでが計算でどこからがお遊びで、どの部分が想定外だったかは、当事者しか知り得ねえ)


 顕現から那由多(なゆた)の星霜を在る最古の神々は、底が見えない部分を持っている。同じ神の眼をもってしても、腹の内が読み切れない。


『セインが胸中を打ち明けられるか試すなんてのは、適当に辻褄を合わせて作った方便でしょう』


 おそらくアリステルも、方便の理由を伝えられており、滞留書云々という真の狙いは伏せられていた。今回、滞留書の更新ができなかったことに、彼もまた喫驚した気配を漂わせていたからだ。フレイムが見たところ、あれは演技ではない。


(にしたって、クソ貴族を利用して追い込むなんて酷な真似をしなくても良かったじゃねえか。もっと別の――楽しいことで心をいっぱいにさせるとか、追い詰めるにしてもクソ貴族以外を使うとか、他の方法だってあったはず……)


 適当な理由で呼び出し、数日間は眠らせてしまうか別の空間に監禁する、などのやり方もあるが、それをしてしまうと焔の神器が黙っていないだろうから却下だ。ならば――と、さらに別の方法を幾つか考案しかけたフレイムだが、すぐに胸中で否定した。


(――いや、そんなこと狼神様も考えたはずだ。俺がパッと思い付くことくらい、真っ先に検討しただろう。あらゆる方法を考え尽くした上で、それでもクソ貴族を使うのが一番確実だって判断したんだな)


 フルードはフレイムを筆頭とする神々が手塩にかけて育て上げ、徹底的に鍛えた。ゆえに、余程のことがなければ平静さや注意力を失わない。だが、そうして強くなる前の――ただの人間であった頃の幼少期に負った傷は例外だ。そこを突かれると、驚くほど脆い。


『……思い切ったことをしたもんです。主神が愛し子の心を(えぐ)る真似をするとは』

『ここで強硬手段を用いてでも昇天させねば、あの子が危険なのですよ』


 無言でいた灰銀の神が、ようよう口を開く。


『あの暴神(ぼうしん)が目覚め、地上に顕現すれば、聖威師のままでは精神が耐えられぬやもしれません。一つ間違えば心が砕けてしまう。聖威師の時分に負った心の傷は、神に戻っても治らない。あの子を廃神(はいじん)にさせはしない』

『あの暴神?』

『おや、煉神様からお聞きになっておりませんかな。眠れる神々のこと、その中にいる狂悖暴戻(きょうはいぼうれい)な暴れ神のことを』

『……そういや姉神から聞いた気がしますね。入眠している神々の中に、一億年ほど前からグースカ寝てるめっちゃくちゃな奴がいると』


 フレイムは記憶を手繰りながら答えた。


『めっちゃくちゃな奴というのが其奴(そやつ)です。禍神様の次子にあたりますが、実質的には葬邪神様と並ぶ長子です。同時に顕現した双子であらせられますからな』


 (くだん)の神は、葬邪神の双子の弟神であるそうだ。


『確か……一億年ほど前、派手に暴れすぎたとかで葬邪神様にこっぴどく叱られて、大喧嘩した末にふて寝したと聞きましたが。んで、今回目覚めそうな神々の中にその神も含まれてるとか何とか』

(おおむ)ねその認識で間違っておりませんぞ。あの神が暴れている時と葬邪神様との兄弟喧嘩の際は、あわや宇宙消滅でした』


 当時を回顧するように苦笑し、(とし)()りた太古の神はフレイムを見た。

ありがとうございました。

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