18.やってくれた
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足音もなく降り立った大地は煌びやかな金銀。周囲の木々や草花は透き通る宝玉。満ちる大気は銀河の瞬きと共にオーロラのごとく揺らめいている。
慣れ親しんだ郷里の光景を流し見ながら、抑え込んでいた神威を解放したフレイムは、躊躇わず一柱の神の領域へと転移した。焔神といえど強引に押し入れる相手ではないので、到着位置は門の前にする。
こちらの神威を感じ取ったか、訪れを予想していたのか、門はすぐに開いた。向こう側に立って出迎えてくれたのは、神域の主の従神二柱だ。使役の精霊ではなく従神を遣わす部分でフレイムを立てている。
『ようこそお越し下さいました、焔神様』
『我らが主神が歓迎しております。どうぞお入りを』
『ああ。出迎えに感謝する』
左右に並び、恭しく叩頭する従神に述べると、さっさと足を踏み出した。神格を持つ従神は同胞であるからこその対応だ。精霊であれば声もかけず、一瞥すらしない。
だが、元が精霊であるフレイムは、使役にまで気さくに声をかけては『高位神がそんなことしてはなりませんぞ!』とプンプン怒られていた――この領域の主に。
幾度も訪れたことがある神域を進み、主神殿の奥へ辿り着くと、上段の主座に灰銀の巨躯が身を横たえていた。
『これはこれは、貴き神の御来駕を賜り光栄にございますぞ、焔神様』
『…………』
わざとらしく大仰に頭を下げて歓待を示す神を、フレイムは数瞬ほど半眼で眺めた。そして、こちらも膝を折って大げさに礼をする。
『いえいえこちらこそ、奇跡の神のご尊顔を拝し奉り恐悦至極にございますよ――狼神様』
含み笑いを漏らし、狼神が優雅に尾を振るう。周囲に控えていた数多の精霊と従神が一斉に低頭し、かき消えた。
『どうぞ楽になさって下さい。他の者は下がらせました。水入らずでお話ししましょう。それで、本日はどのようなお話ですかな?』
『……お分かりのくせに空々しいですよ』
はて、何のことでしょうなぁ? と嘯く狼神を前に、フレイムはさっさと身を起こす。
『――やってくれましたね』
見上げるような体躯を真っ向から見据え、淡々と言う。山吹色の双眸がキラリと光った。これ以上そらとぼけるつもりはないのか、狼神はうっすらと口の端を持ち上げる。
『似非聖威師の騒動時から、なーんかおかしいなとは思ってたんですよ』
似非聖威師の騒動――ガルーンやオーブリーたちが神の寵を得たとして、聖威師たちに激震が走った時のことだ。最も、リーリアに関しては完全に巻き込まれ損だったが。
『ほぅ、おかしいとは?』
『あのクソ貴族が……ガルーンがセインに脅迫状を送れたこととか。弱音を晒け出せるようになったセインの変化に、あなたが主神でありながら気付いてなかったこととか』
腕を組んだフレイムは、ジト目で狼神を眺めて言う。
『狼神様。あなたはガルーンの動向を注視していたはずだ。自分の懲罰対象であり標的でもあったんですから。なのに、まんまと隙を突かれて脅迫状を送られ、何より大事な愛し子が大変な心労を抱えちまった』
主神としては慙愧に耐えない失態だ。だが――
『けど、あなたはケロっとしていた。愛し子が変わっていることを察せず、杞憂に振り回されていたと指摘されても、どこ吹く風と言った態度だった。違和感は感じてましたが……最初から分かってやってたんですね』
静かに微笑む狼神は答えない。
(多分、葬邪神様も同じだろうな。初めから深いトコまでグルになってたんだ)
ラミルファも呟いていた。『兄上がセインを異空間に閉じ込めてまで徹底的に隔離したのは、波神様に頼まれた以外にも理由があるだろう。僕の勘がそう言っている』と。
(単純に遊んでたってのもあっただろうが、それだけじゃなかったってことか)
内心で舌打ちしつつ、フレイムは続けた。
『今回ので分かりました。天界にある滞留書の原紙と箱が、本当の狙いだったんでしょう。それらに異変があれば、地上の複製にもほんの僅かながら変事の気配が伝わるかもしれない。原紙と複製は、箱経由でとはいえ繋がってますからね』
『一つよろしいですかな。本当の狙いと申されますが、ガルーンに懲罰を与えることも私の悲願でした。決して仮初めの理由ではありませんでしたぞ』
『そうですか、そりゃ失敬。滞留書が第二の狙いだったと言い直しましょう』
気のない声で訂正すると、たっぷりした毛並みが揺れる。灰銀の眼がゆるりと三日月の形を描いた。
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