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6.まともな邪神

お読みいただきありがとうございます。

 上がりかけていたフレイムの機嫌が、一瞬にして再下降した。


「いや、何がだからこそなんだ!? 脈絡が繋がってねえわ!」

「パパさんは狼神様と焔神様と邪神様で仲良く可愛がっているじゃないか」

「セインの場合は例外なんだよ! 狼神様は普段は天界一温厚で大らかだし、最初にラミルファが見初めたってので経緯が特殊だし、俺は狼神様の気に入りみたいだしな。普通は愛し子を他の神と一緒に愛でるなんてしねえから!」

「ほら、それがセオリーだから、宝玉や家族の契りは滅多に結ばれないんだ。ここで改革しよう、焔神様。アマーリエを私にも可愛がらせてくれ」

「いーや、いくら泡神様の願いでもそれは駄目だ! 駄目だったらだぁ〜め!」

「焔神様のケチ!」


《はぁ、まったく賑やかなことだよ》


 わざとらしい溜め息と共に、脳裏に念話が響いた。ラミルファだ。


《フレイムにも泡神様にも聞こえていない。君とだけ内緒話だ》


 そう言い置き、やれやれと呟く。


《こういう時は、当事者であるアマーリエの意思が重要だと思うのだがね》


 包珠にしろ親子兄弟の契りにしろ、必要なのは当事者同士の合意のみ。主神の許可は不要なのだという。愛し子は主神の庇護下にいるが、隷属しているわけではなく独立した一柱の神だからだ。

 それでも、同胞との軋轢を懸念して主神に話を通してからという神が圧倒的に多く、そこで却下されることが大半だそうだ。


《だが、下手にそこをツッコめば、今後の君が事あるごとに判断や翻意を迫られるようになり、逆に苦労するかもしれない。今はひとまず黙っておくとしよう》


「…………」


 アマーリエは視線を遠くに投げた。何だろう、邪神が一番まともなことを言っている。悪神なのに。


《まぁその内収まるだろう。しばらく適当に騒がせておけば良いのだよ》

《ほ、本当に収まりますよね……?》

《不安かい? 仕方ないな、優しい僕が話題を逸らしてあげよう》


 サービスだから感謝などしなくて良いよと告げたラミルファが、形良い唇を開いた。


「さて、少々長居してしまったが、僕はフルードの所に戻る。アマーリエの小休止もそろそろ終わりのタイミングだと思うが、君も従者ごっこ中ではなかったかな、フレイム」


 フレイムがハッとした顔で黙り、チラリと時計を見る。フロースも同様の反応を見せながら口を閉ざした。


「勤務も再開することだし、泡神様はリーリアの所に戻ったらどうだ。彼女は今、アシュトンと書類確認をしているのだろう」

「――仕方ない。そうするよ。休憩の時間を潰してしまってすまない、アマーリエ」

「仕事に戻るか、ユフィー」


 我に返ったらしいフロースとフレイムが、そそくさと腰を上げる。


(た、助かったわ)


 目で謝辞を述べると、軽薄な笑声が弾けた。


《ふふ、また神器を貸してあげよう。精々励むが良い、君が自身の中に描く聖威師像に近付けるように》


 そして、その姿がフッと消える。大神官室に戻ったのだろう。


「私も戻るよ。あなたたちと話せて良かった」


 破顔したフロースもシュンと転移した。本気で喧嘩していたわけではないのだろう、フレイムが渋面を作りながらもヒラヒラと手を振って見送る。


「結局ほとんど休憩できなかったな。あんまり(こん)を詰めすぎるなよ。聖威師の仕事は神経を使うんだ。重圧も半端じゃない。仕事中だろうが休める時は休んどけよ」

「分かっているわよ。けれど、良い練習をさせてもらったわ。また一つ成長できたと思うの」


 せっかく淹れてくれたのだからと、急いで紅茶を飲む。保温霊具が内蔵されているカップは、中の液体を適温に保ってくれていた。

 デスクに戻り、フルードにダブルチェックしてもらった書類を見直している間、フレイムが手早く茶菓を片付けてくれた。


「うん、承認も出たし、これで大丈夫ね。報告書の控えのファイルに綴じておいてくれる?」

「へいへい。……しかし、今のファイルはそろそろいっぱいだな。新しいを出すか」

「あら、少し前に替えたばかりだと思っていたのに。もう満杯になったのね」

「お前が積極的に勤めをこなしてる証拠なんだぜ」


 そう言ったフレイムは、ふと眼差しに影を落とした。少し前から見せるようになった、憂いを秘めた暗い表情。だが、すぐにそれを打ち消して言う。


「なぁ、ユフィー。務めはこれからもっとハードな内容になっていくだろう。その前にとっとと昇天しちまうこともできるんだぜ? いっそ俺と一緒に還っちまうってのはどうだ?」

「何を言い出すのよ」


 いかにも冗談だという雰囲気で放たれた言葉に、アマーリエは苦笑した。


「人間としての寿命が尽きるまでは、聖威師として頑張るわ。今までずっと無能と言われて来た私が、たくさんの人の役に立てるのよ。とても嬉しいし、やり甲斐のあることだわ。頑張らないと」


 何度も繰り返した抱負を述べて拳を握ると、フレイムは僅かに目線を下げた。次の瞬間、いつもの表情に戻ってカラリと笑う。


「そっか。そうだよなぁ」


 ユフィーと天界で過ごす蜜月はお預けかぁ、と愚痴りつつ、新しいファイルにタイトルを記入して書類を綴じた。所定の棚に戻した所で、チリンチリンと鐘の音が鳴る。


「定期巡回の時間だわ。この時間は私の担当だから、行かなくちゃ」

「神使選定で揉め事が起こってないか確認するんだろ?」

「ええ。照覧祭の時、属国の神官たちが何名か選ばれたでしょう。それで、まだ見出されていない中央本府の神官たちが焦っていて、トラブルが起こりやすくなっているの」


 少し前、無事に幕を下ろした照覧祭では、テスオラ王国も含め、属国の神官たちの一部が神使に選ばれた。なお、アマーリエを含む聖威師たちは選ぶ側だったが、実際に誰かを見出した者は一人もいなかった。


 なお、照覧祭の終了と同時に、リーリアと父ヘルガの生家からの除籍手続きが完了した。それに伴い、アヴェント前当主たる老侯は邪霊に引き渡され、リーリアが寵を得たことが世界に公表された。概ね予定通りにいったと見て良いだろう。


「人間の神官が起こす揉め事は、主任神官が何とかするのが原則なんだがなぁ」

「聖威師が直接干渉するわけではなくても、見てるんだぞという雰囲気で府内をうろつくだけで、皆の気を引き締められるのよ。地味だけれど大事な仕事よ」


 よしっと気合を入れ、姿見の前で身なりが崩れてないか確認する。聖威師の証である刺繍入りの神官衣がよく見えるよう、上衣は纏わない。


「神官府の中をウロウロして来るだけだし、フレイムはここにいてくれる? だいぶ書類が増えて来たから、デスク周りがごちゃごちゃしてしまって……少し整理をしてくれると助かるのだけれど」

「かしこまりました、大神官補佐様。行ってらっしゃいませ」


 フレイムが大仰に礼をするのを横目に、外向き用に表情を引き締めたアマーリエは部屋を出た。

ありがとうございました。

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