3.邪神様は神出鬼没
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「さて、俺も飲むかぁ」
明るい声でカラリと笑い、何も入っていないカップをテーブルに置くと、ポットの紅茶を注ぐ。
「あ、ユフィーの分には砂糖を入れてあるからな」
「さすがフレイム、準備万端ね」
頷いてカップを持ち、柔らかな香りで鼻腔を満たしながら、濃い紅色の液体を一口飲む。程よい温度とまろやかな甘みが口内に広がった。
(美味しい!)
内心で感動しつつ、クッキーに目を向けた。最初はプレーンからにしようと指を伸ばす。眦を下げてそれを見ていたフレイムが、さて自分もと手を動かしかけた時。
「ふふ、夫婦で仲良くティータイムとは結構なことだ」
「うぉっ!?」
「きゃあ!?」
突如として横から響いた声に、ギョッとして身を反らせる。クッキーを摘もうとしていたアマーリエも、ビクリと肩を跳ねさせた。
「ラ、ラミルファ様! こ、こんにちは?」
「ああ、こんにちはアマーリエ。大丈夫かい、驚きで語尾が疑問形になっているよ」
軽薄な笑みを浮かべた邪神が、いつの間にかフレイムの隣に座っていた。転移して来たのだろう。こちらも金髪碧眼の人間姿だ。
「ラミルファ様はフルード様のお部屋にいらしたはず……もしかして、何かあったのですか?」
だが、ゆったりと足を組んで座すラミルファからは、切迫感や緊急感など微塵も感じられない。
「ただの従者ごっこだよ。先日、君がフルードに出した報告書の控えを渡しに来た。提出してくれた内容で問題ないそうだ。承認サインもある」
「そうでしたか、ありがとうございます。けれど、わざわざご足労いただかなくても、転送で届けて下されば良かったのに」
一般の神官がお使いを頼まれることはある。念話や転送ばかりでは、神官同士の直接の関わりが疎かになるからだ。業務の効率化は大切だが、直に対面しての会話や、そこでの礼儀作法を学ぶことにも意味がある。だが、それは神官同士での話。神には関係ないはずだ。
「君の様子を直接見たかったから、ちょうど良いと思ってね。僕が届けると言ったのだよ」
ほっそりした指でカップを持ち、優雅な所作で傾けている邪神は、同族には優しい。フレイム共々、聖威師たちのことを気にかけており、時折ふらりと会いに行っているそうだ。
「おいお前、それ俺の紅茶……」
「まあまあだな。悪くはないが茶葉がイマイチだ。香りも味も、もっとシャープな物が良い。これはまろやかすぎる」
「いや勝手に飲んどいて何言ってんだよ! つかユフィーが好きな味に合わせてんだよ!」
「次からは僕のリクエストも反映させてくれ」
「何でお前の好みに気を使わなきゃなんねえんだ!」
「フルードが共にいる時はそれぞれが好きな茶葉を用意しているじゃないか」
「セインとお前が同じ待遇になるわけねえだろ!」
二神がぎゃあぎゃあとじゃれ合う姿を見ながら、気を取り直したアマーリエはクッキーを取った。
(この光景にもかなり慣れて来たわ)
以前よりも貫禄が増した精神で余裕を保ち、ふんわりとバターとバニラが香るプレーンを堪能する。
(このホロホロ感、最高!)
こっそりと舌鼓を打っていると、ラミルファの目が神器を見た。テーブルの上に出しっ放しだったのだ。
「これは?」
「自主練用に借りたものです。今のところは急ぎの仕事がないので、小休憩も兼ねて復元の練習をしていました」
時間が空いた時は自主的な修練をして良いと、フルードから許可を得ている。
「今の君のレベルでは、これしきの神器では相手不足だ。成長目覚ましいからね。僕の神器を貸してあげよう」
ありがとうございました。