2.自主練開始
お読みいただきありがとうございます。
平日は一話、土日祝日は二話、投稿できればと考えています。
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「聖威師って本当に言動の制限が多いのね。もっと早く動きたかったのに」
帝都の神官府、大神官補佐室。己を讃える報道が連日世界を騒がせ、災害に遭っていた国々からは救国の女神と崇められる中、執務デスクに座ったアマーリエは全く嬉しそうな顔をしていない。
「災害の内容、威力、規模、範囲。被害の程度、範囲、犠牲者の数。その他目が回るほどたくさんの条件。それらが全て基準値を超えて、なおかつ人間の神官や国王たちの手には負えないことが明らかな状況になってからしか出られないなんて」
(もっと早く動いて欲しかったと嘆いている人たちもいるはずよ。何で自分たちの災害の時は動かなかったのに、今回は出たのかと思っている人も……。けれど、条件を満たしていないのに強引に出動したら、その時点で強制昇天なんだもの)
それでも、厳格な基準があるとはいえ出動できる道がある以上、神が直に関わっていなければ動けない天威師よりは、まだ制限が緩いのだ。
「仕方ねえさ。神は地上に極力関わらない。人の世は人が回す。天災も原則は人間自身の力で乗り切る。それが基本だ」
デスクの脇に立つフレイムが、慰めるように言う。今は従者に扮しているので、金の髪と青い瞳に変化していた。
「分かっているわよ。……分かっているつもりだけれど……」
(決まりだからしょうがないわ〜、なんてあっさり割り切れないわよ。もっと早く出られていれば、取りこぼさずに済んだ命だってたくさんあったのに。私たちが動くまでに、一体どれだけの人が亡くなりどれだけの人が涙したか)
それを思うとやり切れない。この葛藤と苦悩は聖威師の大半が経験することなのだと、指導監督で付いて来てくれたフルードが言っていた。そして、当たり前のようにシレッとのたまった。
『今回の任務は、内容やレベル共に初歩的な方です。次からはペアではなく単独で出動してもらいますから、天災鎮静と複数の国家復元くらいは一人で同時にでできるようになりましょうね』
その瞬間、優しい美貌の大神官の背後に、鬼が見えた気がした。
「と、とにかく頑張らないと。私は皆に希望だと思ってもらえる聖威師になりたいの。聖威の扱いももっと上手くならなくては」
可能な範囲で気持ちを切り替え、パンと軽く両頬を叩いたアマーリエだが、すぐに渋面を作る。
「……と言っても、復元みたいな細かい作業は少しだけ苦手なのよね。どちらかというと力で吹き飛ばす方が得意というか」
「お前って結構力押しタイプだよな」
「そうみたいね。けれど、ウジウジ言っていても始まらないわ。練習あるのみよ。よし、書類仕事もひと段落したし、小休止にしましょう。そこで自主練するわ」
「ではお茶を淹れて差し上げますよ、大神官補佐様」
苦笑したフレイムが恭しく一礼し、休憩用ソファのテーブルに置いてあるポットとティーキャディを取った。カップやソーサー、茶菓子用のプレートなどと一式セットになっている代物で、惚れ惚れするほど美しい模様が染め付けてある極上品だ。
「お菓子は何になさいますか?」
わざとらしく丁寧な口調で聞くフレイムは、場の空気を緩めてアマーリエを元気付けようとしているのだろう。あえてその心遣いに乗り、澄まし顔で答える。
「ディアマンクッキーでよろしくてよ」
(フレイムが作り置いてくれたものがあったはずだわ。味も色々あるのよね。プレーン、ショコラ、ココナッツ、ドライクランベリー……)
頭の中で諳んじながらソファに移動し、ふかふかの座面に腰掛けると、幾つかの神器を取り出す。神官府が管理している神器だ。自主的な修練のために使いたいと、あらかじめフルードの許可を得て借りておいた。聖威を放ち、思い切りよくえいっと壊す。
「さぁ、練習練習」
だが、どれもあっという間に復元できてしまった。
「もう終わってしまったわ……」
すっかり元通りになった神器を前にし、途方に暮れる。創生神が所有権を手放している神器の中で、構造が複雑な物を選んだつもりなのだが。
「お前のレベルは自分で思ってるよりずっと上がってるんだよ。繊細な操作が苦手ってのも、できねえとか不得意とかじゃなくて気持ちの問題だろ? 技術的には十分なんだがな」
フレイムの声と共に、湯気の立つティーカップが音もなく目の前のテーブルに置かれた。クッキーが乗った皿もだ。
「そうなのかしら」
「葬邪神様の神器だって鎮めて正常化できたし、神官府も直せてただろ」
「あれはフレイムとフロース様がバックアップしてくれていたからよ。神官府を復元する時は、フルード様とアリステル様も一緒にやってくれたのだし」
「けど、もしあの天災を収める時の担当がリーリアと逆でも、お前だって数カ国くらい元通りにできてただろ?」
「それはまあ、できていたとは思うけれど……私はとにかく場数が足りないから」
元々霊威が弱かったことに加え、ずっと属国の神官府で雑用係に従事させられていた。ゆえに、神官らしい仕事をほとんどしてこなかった。
目線を下げるアマーリエに、フレイムは困ったように微笑んだ。テーブルを挟んで向かいに腰掛ける。
「だいぶ自分に自信が付いてきたと思ってたが、まだちょっと揺れる時があるな。お前はこの俺と、俺が全てを教え込んだセインに師事してるんだ。経験不足のハンデなんか跳ね除けて、短期間でも見違えるほど上達するだろうぜ」
物心ついた時から神官としての英才教育を受け、豊富に実務をこなしていたリーリアにも引けを取らないほどに。
「お前は十分すぎるほどきちんとできてる。俺が保証するぜ。もっと自己肯定感を上げろ、ユフィー」
「フレイム……ありがとう」
照れ臭い気持ちを抑えて礼を言うと、山吹色の双眸が細まった。
ありがとうございました。