82.神官府復活
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「やれやれ……どっちが親だか分かんねえな、こりゃ」
(ええ、本当に。親子が逆転しているわ)
肩を震わせて泣く父親と、その肩にそっと手を置く娘を眺め、フレイムが呆れたように呟く。アマーリエも内心で同意した。
(実の祖父と親がこの調子だったなら、リーリア様は今までとても孤独だったはずよ。中央本府ではたくさん甘えてもらいたいわ。……私は頼れるお姉さんになれるかしら)
実の妹との関係がアレだったので、リーリアとは上手くやっていきたいものだ。
「では、リーリアとアヴェント当主の除籍届けが受理され次第、老侯を邪霊に引き渡す」
フロースに告げられたリーリアとヘルガは、覚悟を決めた目で頷いた。己の祖父ないし父親を見限る決意を固めたのだ。
老侯は、真実を知った時に何を思うだろう。リーリアが本当に聖威師となったこと、神を邪神扱いしてしまったこと、孫娘と息子にそろって見捨てられたこと、自分は地下行きになること。
きっと焦燥し、抵抗し、とても後悔するだろう。だが、既に天のサイコロは転がった。彼はもう手遅れだ。
「私はテスオラ神官府の主任神官として、マキシム当主と今後についての話をして参ります」
ヘルガはそう言って礼をし、最後にリーリアを見てから立ち去る。無言で頷いたリーリアが、父の後ろ姿を見送った。
「ところでフルード、アリステル。そろそろ神官府を復活させるだろう。燃やした始末を付けて僕が直しても良いが……せっかくならば、ここは新しき星たちに輝いてもらえば良いと思うのだが。何事も経験だ」
ラミルファが人差し指を立てて微笑んだ。すると、何故か大神官たちがアマーリエとリーリアを見て頷く。
「そうですね」
「やらせてみましょう」
(え、何?)
疑問に思う間もなく、フルードが笑顔でパンと手を打った。
「アマーリエ、リーリア。ちょっと神官府を復元してみましょうか」
散らかしちゃった玩具をお片付けしましょう、というノリで言われ、一瞬理解が遅れた。
「「……はい?」」
「細かい内装と結界などの設備部分、内部にあった資料や備品などに関しては私とフルードが修復する。お前たちは本棟の外観を元通りにすれば良い」
簡単に言ってくれるが、神官府のように巨大かつ複雑な構造の建物を復元した経験などない。リーリアも硬直しているところを見ると、彼女もこの規模の復元はやったことがないようだ。
「今後は神官府どころか帝都全体、あるいは帝国の大半を修復しなければならない事態に直面するかもしれません。良い機会ですし、今の内から少しずつ練習しておきましょう」
「もしかしたら、地上世界そのものを復元することもあるかもしれない。だが、基本的には同じ作業だ。範囲と規模と構造が多少大きく煩雑になるだけで」
(多少じゃないです!)
聖威師はいざとなれば、世界全体の修復まで担わなければならないのか。本当に、とんでもない領域に足を踏み入れてしまった。
「私たちがサポートしますから、一緒にやってみましょう。焔神様と泡神様もフォローして下さいますよ」
「へいへい、分かったよ」
「私も? うん、まあ良いけど」
すっかり何でも屋と化したフレイムと、一瞬狼狽えたもののあっさり頷いたフロースが、それぞれの愛し子の手を取る。
「ユフィー、聖威を発動させろ。俺の力を感じて合わせるんだ」
密着した体から、温かな鼓動と熱を感じる。耳元をくすぐるようにして囁かれる吐息も。それらがもたらしてくれる安堵感に浸りながら、アマーリエは紅葉色の光を練り上げ、遠い目で独白した。
(もう……どうにでもなれだわ)
――月が笑い、星が瞬く夜空を貫き、紅葉の花弁とアクアマリンの飛沫が螺旋を描いて噴き上がる。逆巻く二色の聖威は光の柱となって天へと昇り、その輝きの中からそそり立つようにして、神官府の総本山が復活した。
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