81.まだ父親だから
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「それで良いと思います。アヴェント家は終わるべきですわ。お祖父……前当主の強引なやり方で、今ではすっかり賄賂や汚職に塗れていますもの」
放たれた返事は、承諾と肯定だった。どこか疲れた顔をしたリーリアは、自身の父親を見る。
「わたくしと一緒にアヴェントを出ましょう。……ご自身でも仰せの通り、あなたは頼り甲斐が無さすぎましたし、発奮するのが遅すぎました。父親は当てにならないという結論が、わたくしの中でとうに出てしまっておりますの」
「お前がそう言うのは当然だよ。本当にすまない」
「それも今更のお言葉ですわ」
見つめ合う父娘の瞳は、そっくり同じ緑色をしていた。
アマーリエはふと考える。自分の目は、両親のどちらから受け継いだものだろうかと。思い出してみるが、父母のどちらとも微妙に違う色だ。だが、それで良い。そちらの方が良い。自分の目は、フレイムがとても綺麗だと褒めてくれる目だ。あんな両親と同じでない方が良い。
「幼いわたくしが前当主に怒鳴られている時、俯いているばかりで何もして下さらなかったことを恨んでおります。一番守って欲しかった時、助けて欲しかった時、あなたに手を伸ばしても伸ばしても、掴んでは下さらなかった」
当時を思い出しているのか、リーリアの端麗な容貌が歪む。その瞳の奥に刻まれた痛み。
「心の一番深くに根付いた悲しみと積怨は、癒えはしても決して消せませんの。傷が治った後も痕やかさぶたは残るように、苦痛の記憶は刻まれ続けます。あなたを許せる日が来るのか、来るとしてもそれがいつになるのか、今は分かりません」
そこまで言い、それでも、と続ける。
「それでも……わたくしが地下行きになるとなった時、あなたが取って下さった行動は前当主とは違いました。娘のために全てを投げ打とうとして下さいました。それもまた、あなたの一面なのですわ」
ここに来てようやく、我が子のために立ち上がり、戦った。遅すぎる行動であっても、動いたことは事実だ。
「今日のあなたの姿もまた、わたくしの中に消えず残り続けるでしょう。ですから……親らしいことができなかった自覚がおありならば、当主としても主任神官としても頼りなかったと分かっておられるならば、どうか今後の行動で変化を示して下さいまし」
「それは……」
ヘルガが呆然と目を見開く。リーリアは、贖罪の機会を与えると言ってくれているのだ。もう一度やり直す機会を。
「わたくしは帝都の中央本府に異動になるでしょう。ですが、テスオラにいるあなたの動向を見ております。アヴェント家は除籍になるとしても、父親として主任神官として、今後どう変わっていかれるのかを見定めたく思います」
強い意思を宿す双眸が激励を帯び、真っ直ぐ父親に向けられる。
「あなたを主任神官にするため、前当主は策謀を巡らせ賄賂をばら撒きました。とはいえ、この霊威至上主義の世界において、金や権力だけで神官府の頂点に付けるはずはございません。あなた自身の力も、確かに認められていたのでしょう」
単純に、アヴェント当主の霊威が主任神官を担えるまでに卓越していたために就任できた、という理由もあったはずなのだ。
「折を見てあなたを主任神官から下ろすと前当主は言っておりましたが、おそらくその前に邪霊に渡されますわ」
ヘルガはこの軟弱な性格さえ直せば、優れた主任神官として神官府を統率できるのではないだろうか。
実家を除籍されたことで、一族を見限った分家の者とも良い関係が築けるかもしれない。
「あなたならきっと変われます。事実、今日その一歩を踏み出せたではありませんの。ですから大丈夫。前当主とは絶縁しますが、あなたのことはいつか許せる日が来るかもしれません。わたくしはそう信じて見守っておりますわ……お父様」
「リーリア……ありがとう」
ヘルガの目から大粒の涙が零れた。リーリアにとって、彼はまだお父様なのだ。ただの前当主になり下がった祖父とは違う。道のりは平坦ではないだろうが、まだやり直せる。
ありがとうございました。




