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80.老侯の末路

お読みいただきありがとうございます。

 無表情で述べる泡神の言葉に、アマーリエは目を点にした。


(えっ、処分?)


 その視線に気付いたフロースが、神の美貌を緩めて薄く笑う。


「私は老侯の不敬を不問にするとも許すとも言っていないよ。聖威師たちに対して謝らせたり罰を与えたりはしないし、地上に天誅を落としたりもしないとは言ったけど」


 灰緑の目を煌めかせ、面白くなって来たとばかりにラミルファが問う。


「さてさて、どんな罰を授けるつもりなのだい?」


 フロースはすぐには答えず、ほとんど色素の無い双眸をスゥと細めた。


「レアナはこれから聖威師になるんだろう。すぐに昇天するのではなく」

「はい、そうできればと思っておりますわ」

「だったら決まりだ。老侯は邪霊にあげる。つまり地下行きだ」


 リーリアとヘルガが目を丸くする。もう終わったと思っていた邪霊の話題がまた出た。思わぬ内容にアマーリエも驚き、口を挟んだ。


「ええと……フロース様、その理由をお聞きしても?」

「うん。と言っても、難しい理屈は無い。レアナが老侯と同じ場所で同じ空気を吸うのは嫌で、顔だって見たくないと言っただろう。老侯自身もそれを受け入れて肯定した。永遠の別れだとも言った。だから、私はただ、二人が言う通りにしてあげるだけだ」

「あーなるほどな」

「ふぅん、そうかい」


 フレイムとラミルファが手を打った。フルードとアリステルは無言で頷いている。アマーリエとリーリアはまだ理解し切れず、こてんと首を傾ける。


「あれだぜ、リーリアはこれからどこにいることになる?」

「これから……聖威師になったのだから、帝都の中央本府に来ると思うけれど」


「つまり地上にいるわけだろ。んで、人間としての寿命が来たら天界に行く。なら、爺は地上にも天界にもいられないわけだ」

「……ど、どうして?」

「だって爺は今後、リーリアと同じ場所にいなくて、同じ空気を吸うこともなく、互いの顔を見ることもないんだろ。なのに地上とか天界とかにいたら、同じ場所で同じ空気を吸ってることになるし、もしかしたら何かの拍子に会うことだってあるかもしれねえ」

「「…………」」


 アマーリエとリーリアは唖然と顔を見合わせた。


《か、神って世界規模で考えるのね……》

《帝国と属国では違う場所だと区分したりはなさらないんですのね》


 帝国も皇国も属国も関係なく、地上は地上で一つの場所単位と捉えるらしい。いや、いつもそうとは限らない。今回に関しては、の措置かもしれないが。


「地上も天界も駄目なら、後は地下しかねえだろ。もしくはもっと階層が下の、さらに酷い世界とかだな」


 地下世界は便宜上『地下』と呼ばれているが、地面を掘って行けばたどり着けるわけではない。人間たちが暮らす世界の地下部分と重なった階層の、次元が違う場所にある異空間だ。

 天界も同じだ。徴を持たない人間が、飛行霊具でどれだけ上へ飛んでも、雲より高くまで飛翔しようとも、神の園に行き着くことはできない。

 そして、次元を隔てているため、地下世界は地上とも天界とも違う場所だと扱われるらしい。少なくとも今回の件に関しては。


「私は泡神の権限と名において、老侯の昇天を拒否する。そして、邪霊への下賜品として地下世界に送ることを神罰の内容とする。老侯は邪神様にあげるから、邪霊に渡してくれないか」

「ふふ、良いよ良いよ。やぁ嬉しいな。一の兄上は邪霊に気前よく色んなモノをあげるから、太っ腹だと評判が良いのだよ。僕も老侯を下賜したら喜ばれるだろう」


 ルンルンと受諾するラミルファに面食らったのはアマーリエだ。


「そ、そういうやり方もできるのですか? だったら他の神々も、邪霊に神のフリをさせるなど回りくどい手段は取らず、フロース様のようにしていれば良かったのではありませんか?」


 アリステル、狼神、ウェイブ。皆がわざわざあんな面倒な方法を取ったのはどうしてだろうか。狼神の場合は、ガルーンが聖威師となった情報を得たフルードが、不安な心境を吐露できるか試していたという理由がある。だが、アリステルとウェイブは何故。


 大神官の片割れを見ると、すぐに答えが返って来た。


「葬邪神様に、その方法を熱心に勧められたのだ。ただ神罰で地下送りにするだけでは味気ない。聖威師になったと歓喜させて、いったん最高潮まで持ち上げておいてから突き落とす。その時の標的の絶望を想像するだけで胸が踊るだろう。な、そうしよう。俺も協力する。何度もそう説得されているうちに、あ〜それも良いかもしれないと」

「…………」

「兄上も退屈していて、遊びたかったのだろうね。ヴェーゼに全面協力するのは当然としても、自分が愉しみたいという欲求もあったのかな。今回は眺めていて笑いが止まらなかったと思うよ」


 仕方のないお兄ちゃんだよ全く、とラミルファが肩を竦める。


「やれ聖威師の連続誕生だ、やれ懲罰だ、やれ復讐だ、やれ邪神様から指示が来たと、天界でも地上でも地下でも皆が大真面目にドタバタしているのだから。神も聖威師も人も邪霊も大騒ぎ。ある意味では、単純に街などを破壊するよりよほど面白い」


 なお、巻き込まれた方は笑い事ではない。フルードを見ると、白い頰が引き攣っていた。多分自分も同じような顔をしている。


「……まぁ、さすがにそれだけが理由ではないだろう。他にも何かある。何か……」


 真顔になってふつりと呟いたラミルファの声は小さすぎて、アマーリエたちには届かなかった。フレイムだけが聞き取り、無言で眉間に皺を寄せる。


「そうだレアナ。アヴェント前当主……老侯を邪霊に渡すのは、あなたの除籍届が受理されてからで良いかな?」


 フロースがふと思い付いたように聞く。


「私は6年前にあなたを視ていたから、アヴェント一族やその周辺のことを少し知ってるんだけど。あなたと息子を廃籍した老候は、多分親類から養子を取って後継に据えると思う」

「ええ、そうすると思いますわ」

「だけど、強引なやり方で周りを従わせて来た老侯は、身内にも良く思われていない。養子候補は全員、表には出さないけど反老侯派で、もうアヴェントを見限って他家の派閥と繋がってる」


 分家の者はほとんどが、自分の母や妻、婚約者、あるいは友人などの実家に付いているという。


「後継に誰を選んでも結末は同じだ。老侯が邪霊に与えられていなくなった後、アヴェント家は遠からず断絶する。その時のゴタゴタにあなたを巻き込みたくない。先に除籍されておいた方が良い」


 聖威師となったリーリアが生家に籍を残していれば、まだ利用価値有りとなって立て直しを検討するかもしれない。だが、既に籍を抜いていれば、本当に抜け殻同然の家門となる。ひと思いに潰してしまうことに抵抗などないだろう。


「わたくしは……」


 リーリアは下を向いて逡巡し、一度深呼吸してから口を開いた。

ありがとうございました。

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