78.アヴェント父子は喧嘩する
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リーリアと老候が驚きの表情を浮かべる。
「今までずっと我慢して来ましたが、もう限界です!」
「いきなり何を言い出すのだ。限界だと?」
「自分の孫が邪霊の餌食になるというのに、家の体面ばかりを気にするなんて。あなたには人の血が通っていないのですか!?」
「何だと、無礼な……」
「あなたには誰かを思いやるという心が無いのですか。いつもそうでしたね。気に入らないことがあるとリーリアや私に当たり散らす。手を上げることもあるあなたを疎ましく思っていました」
息を吸い込んだアヴェントの当主が、堰を切ったように言葉を連ねる。
「あなたは躾や指導だと言っていましたが、ただの圧政です。私に意気地が無いばかりに逆らえず、リーリアには辛い思いばかりさせて来ました。そして極め付けが今の発言だ。自分の孫を助けようともせず、面子だけを気にしている」
「黙れ、当主としても主任神官としても使えぬ臆病者が!」
「確かに私は頼りなく情けないクズ人間ですが、家族や他者を道具としか思っていないあなたよりはマシです!」
唐突に始まった親子喧嘩に、アリステルが険しい表情になり、フルードが眉宇を曇らせた。
《神々の御前でこのような醜態を晒すとは》
《大変申し訳ありません。すぐに仲裁します》
三神とアマーリエ、リーリアに向けて念話を飛ばすが、ラミルファがクスクス笑いながら止めた。
《いやいや、面白いしどちらが勝つのか気になる。もう少しこのままにしておこう》
《はぁ? 何が悲しくてブチギレ爺と中年オッサンのうるせえ言い合いを見物しなきゃならねえんだ》
フレイムが不服そうな声音で抗議するが、邪神はどこ吹く風だ。
《そうだ。リーリアの祖父と父親、どちらが勝つか賭けようじゃないか。神チームは祖父に、聖威師チームは父親に賭ければ良い。当たったらおやつをあげよう。ヴェーゼはスモークチーズ、フルードはフィナンシェ、アマーリエはチョコレート、リーリアは何が好きなんだい?》
《え? あ、ええと……時々マシュマロを食べますわ》
《ではマシュマロにしよう。僕たちが当たったら、泡神様にはキャンディ、フレイムには特別に砂糖たっぷりの超激甘生クリームケーキをワンホール丸ごとプレゼントだ》
《いやふざけんなよ、俺は甘いモン苦手なんだから罰ゲームじゃねえか! 分かってて言ってるだろ!?》
ご機嫌な提案にツッコミながら、フレイムが眉間に皺を寄せた。
《あー、こりゃ親父の方が勝つな》
フロースも先ほどまでの凍えるような双眸から一転し、にこにこと追随する。
《そうなのか。良かったな皆、邪神様から菓子がもらえるよ》
アマーリエはキョトンとして神々を見回す。
《どうして分かるんですか? 老候――祖父が勝つかもしれないのに。……あ、未来視をなさったのですか?》
《いいや、予知する間でもなかったと思う。邪神様と焔神様は勘が超絶に鋭いんだ。閃きというか直感力というか、とにかくビビッと来る感じで色々なことを察知する》
《ああ、ラミルファの嗅覚はマジモンだぜ》
《フレイム、君の感知能力も相当だろう。まるで害虫並だ》
《やかましいわ誰が害虫だ!》
アマーリエたちが密かに騒いでいる間にも、アヴェント父子の言い争いは続く。
「もう良い、お前も除籍だ! 庶人となりアヴェント家から出て行け!」
「喜んで。あなたにはこれ以上付き合い切れません」
「家のことが落ち着けば、折を見て主任神官からも引きずり下ろしてやる。それまでに荷物整理でもしておけ」
「ええ分かりました。どうぞご自由に」
一歩も退かぬヘルガに、老侯が初めて黙り込んだ。しばしの後、低い声で唸る。
「……くそ、息子も孫も役に立たぬ……!」
捨て台詞を吐き、ヘルガから目を逸らすと、頭を巡らせてリーリアを見た。
「リーリア。儂とお前が話をするのもこれが最後になるだろう。何か言いたいことがあるなら聞いてやる」
ありがとうございました。