77.老侯の激昂
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「お父様、お祖父様」
「リーリア、探していたんだよ! 気配を読もうとしても遠視をしても上手くいかなくて」
神威を発動している神々や神器の近くにいたため、霊威の探索が阻害されてしまったのだろう。
「お前とオーブリーを見初めた神が実は邪霊だったと聞いた。本当なのかい!?」
アヴェント当主――ヘルガがリーリアの手を握りしめて言う。
「は、はい。その通りですわ。彼は神などではなく、邪霊の世界の王子でしたの。ですが……」
「愚か者!」
リーリアの言葉をぶった切り、老候が怒号を上げた。周囲の木々にぐわんと反響するほどの大声だ。
「邪霊を神と見誤るとは、アヴェント家の恥晒しめ! 神威と霊威の違いも分からんのか。お前など神官として失格だ。地下でもどこへでも行くが良い!」
太い杖が弧を描き、リーリアの頰を直撃する寸前、フロースが結界を張った。
「我が家門から聖威師が誕生したと思うたのに。邪霊に騙されていたなど、良い笑い者ではないか! テスオラ国内で醜聞が広まらぬよう手を打たねばならん。この不始末をどうしてくれるのだ!」
激昂した老侯は、杖が防がれてリーリアから逸れたことにも気付いていない。肩で息をしながら孫娘を睨んでいる。
「アヴェント前当主――」
「お孫様に対してその言動はあんまりではありませんか?」
フルードが何か言いかけたが、それに被せる形で、アマーリエは反射的に口を開いていた。
「邪霊の王子は、邪霊族に伝わる神器の御稜威を隠れ蓑にすることで、神に成りすましていたのです。つまり、リーリア様が感得されたのは紛れもなく神の御力でした。あなた方も正体を察せなかったのでしょう?」
本物の神威で邪霊の霊威を覆い隠して偽装されれば、力ある神官でも簡単には気付けない。
「理由も確認せず、一方的に神官失格だと決め付けるのは不当だと思いますけれど」
淡々と告げると、老侯はギリギリと歯を食いしばった。血走った眼がぎょろりと動く。
「ユフィー」
フレイムがアマーリエの腰に腕を回して自分の方に引き寄せた。
何故かニヤニヤしているラミルファがフロースを小突き、ちょいちょいとこちらを指差してからリーリアを指す。フロースはギョッとした顔をしたが、再び小突かれると、フレイムの真似をするように、そろーりそろーりとぎごちない手付きでリーリアを抱き寄せた。
平和な時に見れば微笑ましくなる光景だが、今はそれどころではない。老候がアマーリエを正面から睨め付けているのだ。フレイムが山吹色の双眸を眇めた。
「人間。我が妻が言っていることは間違っていないと思うが、何か文句があるのか。言いたいことがあれば言ってみろ」
「……いいえ。聖威師のご指導に感謝いたします」
だが、さすがに老侯はオーブリーのように怒鳴り散らしはしなかった。顔と態度に出しまくっている時点で問題外ではあるが。
「だが、リーリア。お前が地下行きになることは事実だろう。そのような不名誉な者を我が家門に連ねておくことはできぬ」
「いえお祖父様、わたくしは……」
「お前はたった今をもって、アヴェント家から除籍とする」
「ち、父上、何を仰るのです?」
アヴェント当主が血相を変えた。
「副主任神官――マキシム当主は、息子を救おうと嘆願書を出したのですよ。私もそれに続こうとしたのに、あなたがリーリアを探しに行くと怒鳴り散らすから……」
「嘆願して何の利点があるというのだ。仮にリーリアが地下行きを免れたとしても、邪霊にいっぱい食わされた愚かな娘が残るだけだろう!」
「リーリアが地下に行かずに済む、それだけで何にも代えがたい利点ではありませんか」
「当家にとって無価値になり下がったお荷物が居座るだけだ! 神官として致命的な失敗を犯した者など、ただの無駄飯食いだ!」
(本人の目の前で言うのね……)
アマーリエは嘆息した。リーリアは大丈夫かと確認すると、フロースが両腕でしっかりと抱え込んでいる。愛し子を包み込む泡の神の目を見てゾッとした。まるで蝿がたかるゴミでも見ているかのような、底知れぬ怒りを宿した眼。
「――父上、いい加減にして下さい!」
一瞬呆然としたヘルガが大きな声を出した。
ありがとうございました。