76.眠れる神々
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「「え?」」
アマーリエとリーリアは驚きで声をそろえた。フロースが追加で補足する。
「入眠している神々の二割ほどは、大体三千年後くらいに目覚めるよう調整して夢の世界に旅立ったそうだよ。現在は、ちょうどその期日を迎える頃なんだ」
永遠を在る神にとっては、たかが数千年など瞬く間。少しうたた寝するくらいの感覚でしかない。
「三千年……では、帝国と皇国が創建された頃にお眠りになられたのですね。狼神様のお話では、太古の神々がもっと以前から眠られているように感じました」
「ん、寝てる神々の七割くらいはそうだって話だ。もう飽きたから寝るぜーって感じで、特に目覚めの期限も決めてないらしい」
つまり、七割が入眠期限無しの太古の神。時空神も元はこの中に含まれていたという。それから、三千年くらいと期限を決めて眠っているのが二割。その他が一割ということか。
「だが、期限付きで眠った神々が、時期が来たことで次々に目覚めの兆候を顕し、静まっていた神威が急激に活発になり始めた。すると、それに呼応する形で、期限を決めずに眠っていた神々まで覚醒に引きずられ始めたのだよ」
ここ数年のことらしいがね、とラミルファが言う。
「入眠中の神々の大半が同時期に目覚めれば、一斉に活発化した神威に地上が押し潰されかねない。中央本府に全ての神威を集束させて受け止めることになるだろうが、難題だ」
「て、天威師とご一緒なら問題ないのでは? 神が関わる事態ですから、皇帝方も出動が可能なはずです」
「いいや。眠っている神々の中には、天威師の祖神――至高神様も何柱かいらっしゃるのだよ。天威師はそちらの神威をお受けになるので手一杯だ。至高神以外の神々の御稜威には聖威師が対応することになるが……相当厳しい」
眠れる神々の中には、選ばれし神もいるという。聖威師より格上である彼らの神威に耐えることは不可能だ。
「だから、先ほど黒炎を炸裂させた時に、僕の神威を帝城と皇宮全体に流して浸透させた。来たるべき時、起き抜けの神々が寝ぼけ眼で垂れ流す力を、多少なりとも中和できるように」
すぐにアマーリエと合流しなかったのは、流した神威を隅々まで行き渡らせる作業を行なっていたからだ。また、大神官は職務上、帝城と皇宮を頻繁に行き来するため、城宮にはフルードの聖威も染み込んでいる。包翼神と宝玉の力は互いに馴染みやすい。
ゆえに、城宮に定着しているフルードの力と絡ませる形で、神威をより強固に浸透させた。フルードも、染み込んだ己の力を活性化させて協力していたのだ。
だが、所詮は急ごしらえの措置に過ぎず、ラミルファが常に力を補給し続けているわけでもないため、長時間は保たない。
「さらに、フルードの内には化け物神器がある。選ばれし神の力を丸ごと使えるも同然だ。目覚める神々とて、全力を放出するのではなく、ほんの僅かに御稜威を漏らしてしまうだけにすぎない。ならば、選ばれし神の愛し子である特別な聖威師たちが死力を尽くせば、辛うじて凌げる可能性はある」
そう言って微笑んだ邪神は、声には出さずに付け足した。『セインの体がその時まで保つことが条件だがね』と。
「上手くやったよな、お前。葬邪神様とのじゃれ合いにかこつけて力を出したんだろ」
「ああ。兄上と遊んでいたら少しばかり力みすぎてしまい、神威が広がって偶然フルードの力と絡んだことにすれば、ギリギリ許容範囲だ。下界に干渉したのではなく、神同士の戯れ中に手が滑ったという扱いだから」
葬邪神は異空間におり、地上に降臨したわけではなかったので、神威を抑えていなかったことも幸いした。兄神の強大無比な力に対抗するためという建前の下、ラミルファも遠慮なく力をぶっ放せたのだから。
高位の神々は十中八九彼がやったことに気付くだろうが、え〜僕知りません分かりません何のことですかぁ、結果的にそうなっただけですぅ、で押し通せるという。
そんなガバガバな言い訳が通じるのかと思うアマーリエだが、フレイムとフロースがそろって『神は同胞に激甘だから、それでごり押しすればイケる』と頷いているので、大丈夫らしい。それで良いのか神よ。
「では、黒炎による神官府爆破は狙ってなされたものでしたのね」
「てっきり、悪神らしく騒ぎを起こして愉しんでおられるのだと思っていました。申し訳ありません」
感嘆したように言うリーリアと、恐縮するアマーリエ。ラミルファが腰に手を当てて胸を張った。
「ふふ、僕には深い考えがあるのだよ。神官府を思い切りぶち抜いてスッキリした上で、皆が対処に走り回るのを見るのが愉快だという理由も、まぁ九割九分くらいはあったかもしれないがね」
「ほとんどそれが理由じゃないですか!」
(見直して損したわ)
ヘラヘラ笑うラミルファを見て、ガクリと肩を落とした時。
「リーリア!」
土埃を上げる勢いで、老侯とアヴェント当主が駆け付けて来た。
ありがとうございました。