75.邪神の素
お読みいただきありがとうございます。
二人の大神官は、両手に何かを捧げ持っている。絶大な神威を感じるので、おそらく鎮めを行った火神と水神の神器だ。
「貴き大神方の御前に奏上いたします。古の世にてエイリスト王国に賜りました最高神の神器に関し、短期間の内に暴走ないしその兆候が複数回見られました。私共は大神官として、現王国に神器の管理は荷が重いと判断いたしました」
流れるような口調でフルードが述べ、アリステルが続ける。
「つきましては、これなる神器をエイリスト王国神官府から中央本府に移管する御裁可をいただきたく、伏してお願い申し上げます。移管は暫定処置とし、王国の対応や状況などによって随時判断をして参りたく思います」
掲げられた神器を前に、フレイムとフロースが頷いた。仮の神格の影に押し秘めていた真の神格を解放する。
『火神として神器の移管を許可する』
『水神の神性において申し出を承諾する』
真赤の長髪と瞳に変貌したフレイムが瓏々と告げ、同じく真っ青な髪と目に転じたフロースも許しを発布した。
(ほら、やっぱりフレイムが一番格好いいわ! さすがは私の旦那様ね!)
どうでもいいことを考えるアマーリエ。
《どうなっておりますの? フロース様のお姿が変わりましたわ》
困惑した念話を送って来たのはリーリアだ。ああそうか、彼女はまだ知らないのかと思いつつ応える。
《真の神格をお出しになられたのです。選ばれし神の中でも最高神の御子であらせられる神々は、親神と同じ神性と御稜威を有しているそうです。フロース様はおそらく、泡水神という真の神格をお持ちなのではないかと》
説明しながら、ならば狼神や運命神、時空神などはどうなのだろうと考えた。彼の神たちも選ばれし神だが、最高神の御子ではない。
だが、選ばれし神は全柱が同格かつ互角だというので、おそらく彼らもまた、最高神の境地に届き得る真の神性を有しているはずだ。焔火神や邪禍神にすら匹敵する神格を。それは一体、どのようなものなのだろうか。
《そうなのですか。邪神様……いえ、邪禍神様も今はその状態だと仰せでしたわね。焔神様も――アマーリエ様が先ほど仰っていた焔火神というのがこちらのお姿ですのね》
リーリアが納得する。さすがに飲み込みが早い。
叩頭して礼を述べる大神官兄弟に優しく微笑みかけてから、フレイムがラミルファを見た。
『お前は何故未だその姿でいる? 禍神の神器は既に移管許可を出したと言っていただろう』
『眠れる神々の波動を探っていた。然るに、真性を出せど刻限を読み切れぬ』
『それは致し方ない。関わる神々が多すぎるのだから。……私も朧げにしか視えない』
フロースも何かを眺めるように視線を宙に投げ、緩く首を振っている。
『ああ。あまりにも多くの神々が関与している以上、完全なる見極めが利かぬのは道理』
ラミルファが呟く。二神に倣って眼差しを虚空の一点に据えたフレイムも、同意を示すように首肯した。
(何だか声をかけづらいわ。三柱でワチャワチャしているいつもとは別神みたい)
現在の三神は、真価を出し最高神の一柱として顕現しているため、底知れぬ威厳と貫禄を纏っている。
『これ以上試みたとて詮無きことか。この場は退くとしよう』
妖艶な吐息と共に肩を竦めたラミルファが、ふと目を閉じる。その姿がスゥと縮み、白髪灰緑眼の少年姿に戻った。頷いたフレイムとフロースも、見慣れた普段の姿に変じる。同時に神威も抑制した。
途端に、三神から荘厳な気迫が霧散した。
「あーあ、今日は一の兄上のせいで忙しかったよ。まぁ、久しぶりに真性を出してリラックスできたことは良かったがね」
両手を頭の後ろで組んだラミルファがボヤく。
「リラックスなさっていたのですか? 普段より寡黙でいらしたので、お気を引き締められていたのかと……」
「いいや、僕の素はあちらだ。本来はあまり話さない。実はシャイでナイーブなのだよ」
思わず聞いたアマーリエに、邪神がはははと呑気に笑う。
「だが、仮の神格になっている時は気が緩んでしまってね、少々テンションが高くなってこんな感じになる」
「はぁ……」
それはつまり、ほとんどの時を高テンションで過ごしているということか。真の姿に戻ることなどそう無いだろうし。掴み所のないこの軽やかな性格も、本来の彼ではあるのだろう。
ラミルファは口の端を持ち上げたままフルードを見た。灰緑の目が鈍く光る。
「それはそうと、もう猶予はない。応急処置は施したが、夢見る神々の御稜威を長期に耐えることはできぬと心せよ」
「はい、邪神様。先ほども申しましたが、ここまでしていただいて本当にありがとうございます」
(夢見る神々?)
何のことだろうか。声無き疑問に気付いたフレイムが説明してくれた。
「狼神様が言ってたろ。ずっと昔に眠りに付いた神々がいるって。それがもうすぐ目覚めるっぽいんだ」
ありがとうございました。