67.マキシム当主の親心
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そうまとめたフルードが念話を切り、ランドルフを見た。
「聞いていましたね。ルルアージュはもう退勤しているでしょうが、呼び戻して下さい。神器同士は共鳴することがありますから、万一のためにも、中央本府内にある全ての神器の状況を確認するのです。少しでも不安定になっていれば、即時に正常化を行なって下さい」
「承知しましたぁー」
気が抜けるように伸びやかな返答を発し、ランドルフがウェイブに退去の礼をした。
『行ってしまうのか、我が愛し子よ。暴走しかかっている神器が元凶なのだな。それを私が鎮めれば、まだここにいてくれるのか?』
「駄目ですよー、地上で起きたアクシンデントに神は干渉しないって決まりでしょう」
『……そうだな……』
「またいつでも来て下さい。僕も勧請しますから」
『分かった』
しゅんとしたウェイブは、名残惜しそうな顔で愛し子の頭を撫でた。にっこりと微笑んだランドルフは、他の神々にも礼をしてから転移で消える。
「アマーリエは、追加で何かが起こった際の予備要員としてここで待機して下さい。リーリアのことも見て下さると助かります」
「分かりました、お任せ下さい」
今までの話を聞いて思案げにしていたフレイムが口を挟む。
「神器を移管したいなら持って来い。水神様と禍神様と火神の神器なんだろ。泡神様とラミルファと俺がいるんだから、許可を出してやるよ。俺たちも親神と同じ神格を持ってるからな」
『そうだね、持っておいでよパパさん。父上たちが神器の所有権をがっちり握っていて、自分たち自身が発した許可しか有効じゃないようにしているとかでなければ、私たちでも許しを出せる』
「本当ですか。それは助かります」
願ってもいない申し出だったのだろう、フルードが顔色を明るくした。
「それから、オーブリーは……」
次いで、誰にも相手にされないまま固まっていたオーブリーを一瞥し、ウェイブに視線を移す。愛し子が去ってしまったことでしょんぼりとしていた波神は、気を取り直したように頭を一振りして告げた。
『此奴は私が引導を渡す。聖威師の関与は不要だ』
「左様でございますか。こちらとしても、悪神の生き餌や神罰牢への投獄まではしないのであれば、寛恕を請うつもりはございません」
救助対象であったリーリアは聖威師になったため、その件についても片が付いている。
『僕は君たちと一緒に行こう。働き振りを見てあげようじゃないか。フレイム、泡神様、アマーリエとリーリアを頼んだ』
ウキウキした様子で言ったラミルファが、右手でフルードの腕を、左手でアリステルの腕を掴んだ。
「そ、そんな。お待ち下さい大神官……」
上ずった声を漏らすオーブリーを捨て置き、フルードとアリステルは神々に叩頭すると、ラミルファと共にフッとかき消えた。
『さて、思わぬ事態になったようだが、貴様の処罰には何の関係もない。改めて申し付ける。メイデンの羽で織り上げたマント・ド・クールを献上せよ。それができぬならば地下行きだ』
幼い声が無情に告げた時。
「その代価、私がご用意させていただきます」
針のごとく凛乎とした美声が響いた。オーブリーが弾かれたように振り向き、アマーリエは唖然と呟いた。
「ライナス様?」
どこか中性的にして怜悧な美貌を持つ、帝国神官府の前大神官が佇んでいた。アマーリエに向かって微笑んだ彼は、優美な所作で膝を折り、神々に拝礼した。
『面を上げて楽にせよ。……それで、何と言った。お前が代価を代わりに払うというのか。何故だ?』
ウェイブがコテンと首を傾げて言う。自身の神罰を邪魔されたに等しいが、ライナスへ怒りや詰りは抱いていないようだった。ただ純粋に確認しようとしている。神は同胞にはどこまでも甘いのだ。
「オーブリーが邪霊の正体を知り、叫びながら宿泊棟を飛び出したのを見たマキシム当主が、一体何が起こったのかこちらに確認して来たのです。そして事情を聞くと、中央本府に正式な嘆願書を出して来ました。我が子の地下行きだけは免除されるようお助けをと」
オーブリーが碧眼を見開く。ちちうえ、と唇が動いた。
(……何よ。親に愛されているんじゃない)
アマーリエは乾いた心でひとりごちた。こんな人間でも親の愛を受けられるのか。自分はどれほど願っても欠片も得られなかったものを。
「ユフィー」
力強い腕が腰に回され、そっと抱きしめられる。衣越しに伝わる熱と逞しい胸板の感触。冷えた魂が一瞬で溶かされる。
「フレイム……」
「お前には俺がいるだろ。ラモスとディモスもだ」
甘やかな声が耳朶をくすぐり、心地よく脳内に刻まれる。
「……ええ、そうね」
愛する夫の胸に体を預け、アマーリエは目を閉じた。
『そうであったか。まさかパパさんではなくお前が減刑を請うて来るとはな……。すまぬが却下する。私は此奴を許すつもりはない』
「無罪放免にして下さいなどとは申しません。代価を払う条件として、私が与える処罰を受けさせます」
『ほぅ、どのような罰を与えるつもりだ?』
「神官府で霊具を作る際の実験体にいたします。特殊な凶悪犯へ使用する拷問や隷属の霊具を開発する際は、極刑が確定した罪人等で効果検証を行いますが、その役目を生涯オーブリーに負わせます」
「そんなっ……」
声を裏返したオーブリーを無視し、ウェイブが考え込むように腕を組んだ。
『半端な苦痛では意味がない。具体的にどのような効能を持つ霊具で、どのような検証を行うのだ? 検証の頻度や一回あたりの時間は?』
「俺にも教えろ。コイツはユフィーに散々なことをしでかしやがった。生半可な内容じゃ腹の虫が収まらん」
『私も知りたい。リーリアにも色々としてくれたというから、それなりの罰でないと』
『それは私も聞いてみたいものだ』
「承りました。霊具と検証実験に関する詳細を、あなた様方の脳裏に転送いたします」
ライナスが返し、四神が一斉に視線を宙に投げる。
(どんな内容なのかしら)
神官は清濁併せ呑む存在だ。必要であれば、対象を傷付け苦しめる用途の霊具を開発することもある。自分もいずれは、このような影の部分を深く知っていくことになるだろう。
ふと見ると、リーリアも気になるらしく、じっと視線を向けていた。アマーリエと目が合い、慌てて互いに誤魔化し笑いを浮かべる。
(リーリア様とは気が合いそうだわ。何となくだけれど……仲良くなれそう)
テスオラでの愚痴や、辛かったことを語り合える仲間になるかもしれない。そう思うと素直に嬉しかった。
ありがとうございました。