65.同胞の誕生
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「成年相当ね」
アマーリエは小さく呟く。
この世界の成人年齢は15歳。だが、王侯貴族や神官などの責任ある家門に生まれた子女は、12歳で成年相当とみなされ、制限付きではあるものの成人に準じた義務と権利を得、大人と同じ扱いをされる。そして3年間、みっちり自己研鑽と実践研修を行った後、15歳で正式な成年となる。
「はい。その時を境に、祖父の専横が激化したのです。もう子ども扱いはしないと。杖や鞭で打たれる、壁に体を叩き付けられる、胸ぐらを捕まれて怒鳴り立てられる、そういう行為が始まったのです」
最初は、リーリアが失敗をした時になされていたそれらの行為は、次第に祖父の機嫌が悪い時にはいつでも行われるようになっていったという。リーリアは憔悴していったが、誰も助けてくれなかった。
「そりゃ教育でも躾でもねえ。ただの虐待だ」
フレイムがバサッと切り捨て、全員が頷いた。
「ただ、6年前に大神様がご覧になられた時点では、確かにまだ躾として有り得る範疇でしたわ。他の高位のお家でも、わたくしと近い環境にあるお子様方はいらっしゃいました。ですから、大神様のご判断が誤りということではありませんの」
『御山洗の儀が終わった後も、あなたの様子を視ておけば良かった』
唇を噛んだフロースが、悔やむように呻いた。
『あの神事の後から、あなたのことが脳裏にチラついて離れなくなった。どうしても忘れられず、無意識に思い出したりもして……自分でも首を傾げていたんだ』
自分の中で何が起こっているのか理解できず、困惑していたのだという。
『それと並行して、愛し子を得たウェイブが変わるのを目の当たりにして衝撃を受けた。嵐神様の時も驚いたけど、ウェイブは家族神でより距離が近いから、変わりようがはっきり分かったんだ。愛し子という存在に俄然興味が湧いた』
その探究心をさらに後押ししたのが、フレイムがアマーリエを見初めたことだったそうだ。
『愛し子を持つ神たちに話を聞いたりしていた時、焔神様がアマーリエに寵を与えた。それからは彼女を溺愛してベッタリだと聞いて、ますます愛し子というものを知りたくなった』
もし自分が愛し子を持ったらどうなるか気になった。そう考えた時、何故かリーリアの顔がまたチラついたが、何故かは分からなかった。
『だから、高位の神をも変える愛し子を私も探したいと父神に申し出て、特別降臨の許可をいただいた』
「……許可、なぁ」
『ふふふ』
フレイムとラミルファが含みのある反応をする。だが、フロースの視線はリーリアだけに向けられていた。
『リーリア。今日再会して、美しく成長したあなたを見て感動した。切なくて苦しくて、でも狂おしい程に愛おしくて堪らない……6年前から感じているこの不思議な感情が何なのか分からなくて、ずっと戸惑っていたけど』
「おい、そりゃ愛し子への感情まんまじゃねえか」
『むしろ、今までよく不思議で済ませて来たものだ。我が弟ながら鈍感すぎる』
『ふふ、泡神様は随分と初心なのだね』
『泡神様が今ひとつ踏み出せないようなので、娘の方を焚き付けてみましたが、両者とも惹かれ合っておりましたな』
フレイムとウェイブ、ラミルファに狼神がボソボソ話している。狼神の言葉はリーリアを煽るためのものだったらしい。
『今やっと分かったよ。私はあなたを見初めていた……とっくの昔に愛し子を見付けていたんだって』
気付くの遅えなお前、と言わんばかりの視線を皆が向けるが、誰も口には出さない。全員、頑張って空気を読んだ。
『引っ込み思案の私が、あなたを幸せにできるか自信がないけど……精一杯頑張るよ。リーリア・レアナ・アヴェント、私の愛し子になって欲しい』
リーリアの左頰に軽い口付けが落とされ、神紋が刻まれた。凛とした緑色の目が、歓喜と感動に彩られる。夢見心地の声音で、リーリアは言った。
「は、い……はい、わたくしで務まりますならば……お受けさせていただきます」
藍白の輝きが燐光となって場に満ちた。フロースの神威だ。ウェイブの放つ白縹の御稜威と似ているが、フロースの方がより淡い。幻想的な光景に見惚れると同時に、アマーリエの胸が高鳴る。例えようもない喜びと慕わしさ。聖威師や天の神々に感じるものと同じ感覚だ。
『これは喜ばしい。聖威師の雛よ、よく顕現してくれた』
『おめでとう、泡神様、リーリア。新しい同胞が増えて嬉しいよ』
狼神とラミルファが声をかけた。彼らも今、この感激に浸っているのだろう。アマーリエが寵を受けた時、すぐに祝賀を述べた邪神の気持ちが今ならば分かる。
「ったく、どうなるかと思ったぜ。おめでとうさん」
『新たな身内の顕れを心から祝おう』
フレイムとウェイブも続けて口を開く。
「泡神様が愛し子を得られましたこと、誠に喜ばしく思います」
「この度の御慶事を心よりお祝い申し上げます」
「良かったね泡神様〜!」
アリステル、フルード、ランドルフも微笑みを浮かべて言う。
「フロース様、リーリア様、おめでとうございます……私もとても嬉しいです」
アマーリエも万感の想いを込めて祝福した。これが新たな同胞を得る感覚なのか。
ありがとうございました。