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63.リーリアの選択

お読みいただきありがとうございます。

『う、ん……』


 迷いを帯びた声音で、フロースがモゴモゴと口を濁す。


「あーもう、しゃーねえなあ」


 フレイムが舌打ちする。

 その横ではフルードが主神の頭を撫ででおり、狼神は安堵した様子で頭を下げて愛し子に差し出していた。フカフカの尻尾はしっかりとフルードに巻かれている。痴話喧嘩は速攻で終了し、仲直りしたらしい。


《ユフィーすまん、欠片も本気じゃねえから。泡神様をちょっとばかり刺激して、その気にさせるためのパフォーマンスだからな》


 念話で言い置き、フレイムは一瞬でリーリアの前に転移すると爽やかな笑みを浮かべた。


「リーリア、お前、こうして見ると中々イケてるな。俺が選んでやろうか。お前を俺の神使にしてやるよ」

『「……えっ?」』


 リーリアとフロースが呆気に取られ、ラミルファが噴き出した。


(いやあの、イケてるって何がどうイケてるの?)


 藪から棒すぎて嫉妬する気力も湧かないアマーリエ。


「なぁ良いだろ。ほら……なんかほらアレだ、お前結構イイ感じだし、天に来て俺の使役になるんだ」


 神の美貌で良い感じに誤魔化しているが、口説くのが下手すぎである。


《フ、フレイム……ちょっと無理があるわ……》

《自分でもそう思ってる。ユフィー相手なら幾らでも惚気が出て来るんだが。ユフィー、ちょっとリーリアの真後ろに立ってくれねえか? そしたらお前相手に愛をぶちまけてやるぜ》

《それどういう構図なのよ!?》


 新婚夫婦の真剣な念話を盗み聴いているのか、ラミルファが腹を抱えて笑い転げている。状況を見ていたフルードが狼神の尻尾から抜け出ると、蠱惑的に微笑んだ。


「確かにリーリアは凛とした気を持っていますし、見目も綺麗ですね。私が愛し子にしてあげましょうか? アマーリエにランドルフ、あなた方も彼女を愛し子にしたくありませんか?」

「それ良いアイデアかもですね〜」


 阿吽の呼吸でランドルフが追従した。アマーリエは目を丸くする。


《えっ……フルード様、聖威師の状態では愛し子を選べないのでは?》


 リーリアが聖威師になった報を受けた際、アリステルが見初めたのではという推測を、その理由で否定していたはずだ。


《ああ、すみません。私の説明不足でした。あれは生き餌としての愛し子を想定した回答です。正真正銘の意味での愛し子は、聖威師のままでも選べます。愛し子を得る権利は全ての神に保証されていますが、生き餌より通常の愛し子の方が遥かに権利が強いのです》


 当然といえば当然である。前者は生きた消耗品、後者は絶対的に慈しむ唯一無二。主神に対する立ち位置が違いすぎる。


《そうだったのですか。じゃあ私も……》


 一呼吸遅れ、アマーリエも急いで続く。


「……そ、そうですね! わ、私も愛し子が欲しいかもしれないわ!」

《泡神様、良いのか? モタモタしてると俺たちがリーリアを取っちまうぞ》


 フレイムが念話で発破をかける。呆然としていたフロースは、リーリアを奪われまいとするかのように腕を伸ばしかけたが、ややあってそっと手を下ろすと寂しそうに俯いた。


《そうだな……私のような腰抜け神の使いになるより、焔神様の使役か聖威師の誰かの愛し子になって、大事にされた方が良いのかもしれない……》


 このヘタレ! と、全員が内心でツッコんだ。


《お前なぁ、いい加減自分の気持ちに素直になれよ――》


 フレイムが言いかけた時、消え入りそうな声が響いた。


「お……お断り、申し上げます……」


 リーリアだ。フロースが信じられないという目を向けた。ここでフレイムか聖威師の手を取れば、地下行きから助かるというのに、彼女は救いの糸を自ら退けようとしている。


「神々のご温情を無下にする振る舞い、決して許されぬと承知しておりますわ。ですが……わたくしにはもう心に決めた神がおりますの」


 チラリと横を向いた緑眼は、はっきりとフロースに注がれていた。


「本心を明かしますと、6年前からずっとお慕い申し上げておりました。しかし邪霊が自身を神と偽り、愛し子の誓約を迫られた時……思わぬことに心惑い、真に想う方とは異なる者を主神と定めてしまいました」

『リーリア……』

「それからずっと後悔しておりましたわ。何故自分の心を曲げてしまったのかと。もう二度と、同じ悔恨に苛まれ続けたくはありませんの。もし神使にして下さるというならば、どうかあなたに……」


 パタンと土が鳴る。狼神が尻尾を振り下ろした音だ。


『良いのか、娘よ。愛し子になれば完全なる同胞として天の神に愛され、永遠の安寧と幸福が保証されるというのに』


 空色を帯びた灰銀の眼がリーリアを見据える。


『その上、此度においてお前を愛し子にと申し出ているのは、全員が高位神だ。色持ちの神に見初められる確率は、限りなく零に近い。お前は無上の幸運をドブに捨てようとしているのだ。今は良くとも、後で必ず後悔する』


 リーリアの双眸が揺れる。その通りだと本人も分かっているのだろう。


『リーリア、聖威師の申し出を受けるべきだ』


 フロースが遠慮がちに発する。唇を噛んで下を向いたリーリアは、しばし迷うように動きを止めてから顔を上げた。その目には涙が溜まっている。


「大神様の仰せの通りにございますわ。それでも……わたくしは、その後悔をずっとしておりましたの。もしもう一度選び直せるならば、今度こそ自身の心に添う選択をしたいと思いながら、悔やみ続けておりました」


 透明な雫が白い頬を伝った。フロースは言葉もなく硬直している。


「どうしても、この方のお側にお仕えしたいのです。すぐに暴言を吐き手を上げる祖父と、頼りにならない両親の元に生まれ、人の温もりを知らなかったわたくしに、初めて優しいお言葉を下さった、慈悲深い神のお側に」

ありがとうございました。

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