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61.波神ウェイブ

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


『リーリアに関しては私の預かり知らぬ範囲で起こったこと。救いたければフロースの自由にするが良い』


 高く澄んだ声音で、少年の神が告げる。フロースを見る眼差しも声音も柔らかい。


(波神ウェイブ様――フロース様の双子神だったわよね。オーブリーに怒っていて、ラモスとディモスに声をかけて狼神様の所に連れて行った神ってウェイブ様だったのね)


 自身が良く知っている()()()()――大神官の単語に反応して、聖獣たちに声をかけたのだろう。確かに彼経由でならば、フロースとも面識を持つ機会がありそうだ。

 普段は自身の領域に引き籠もっているフロースとて、時々は家族神や同胞に会いに行っていたはず。その時にラモスとディモスがウェイブと共にいたなら、それを機に交流できる。


(外見は子どもだけれど、フロース様の兄神なのよね)


 変化を解いたフロースより少しだけ濃い灰白色の双眸が、狼神とフレイムに向けられ、目礼を送る。視線を受けた狼神が鷹揚に会釈し、フレイムがヒラリと片手を振って応じた。

 続けて一瞥を投げられたアリステルは、膝を折って礼をする。楽にするよう告げ、次にウェイブが見たのはアマーリエだった。


『言葉を交わすのは初となるか。貴き焔神様が見初めし女神――火の華の神格を抱きし愛し子よ』


 何やらこそばゆい台詞を言われた気がするが、恥ずかしがっている暇はない。アマーリエはすぐさま拝礼で応じる。


「過日より神の席に連なる栄誉を賜りました、アマーリエ・ユフィー・サードと申します。畏れ多くも貴き大神たる波神様のご尊顔を拝し奉り、至福の極みにございます」

『面を上げよ。楽にして良い。新たな同胞の誕生を嬉しく思っていた』


 許しが出ていないリーリアとオーブリーは未だ平伏したままだ。


『これはこれは、貴方が自ら降りられるとは』


 狼神の笑いに合わせ、たっぷりした灰銀の毛並みが震える。


(フルード様が前にこっそり教えてくれたわ。狼神様のふわふわな体をモフると最高なんです――って)


 内緒ですよ、と言われたので、ここで口にはできないが。


『代価の引き渡しによる地下行きの免除。これを交渉された場合の対処を、邪霊に指示しておりませんでしたので』


 答えるウェイブに、オーブリーに憑いていた邪霊が低頭した。


『私の落ち度にございます。基礎的な確認を失念しておりました非を深くお詫び申し上げます』

『良い。私も指示を出しておらなんだ』


 邪霊に対してウェイブの対応が甘めなのは、一の邪神の使いとして動いている神使だからだろう。


『従って、指示を出しに来た』

『念話をいただければ十分でございましたのに、ご足労をおかけして申し訳ございません』

『構わぬ。私自身、己が愛し子に会いに近々降臨しようと思っていたのでな、ちょうど良かった――』


 ウェイブの言葉を遮る形で空間が揺らぎ、細身の影が出現した。


「ウェイブ様〜!」


 軽やかに肢体を弾ませて現れ、一礼したのはランドルフだ。


『我が愛し子よ』


 途端に波神の声が2オクターブほどはね上がった。


「御神威を感じたので来ました〜!」


 元気よく告げたランドルフは、狼神とフレイムにも頭を下げ、許しを得た後でアリステルとアマーリエにも会釈した。そして、ルンルンと自身の主神の元に駆け寄る。


「会いたかったですよー!」

『フェル、そなたの方から来てくれるとは』


 床に降り立ち、じゃれるように愛し子と手を取り合うウェイブを眺め、狼神がしょんぼりと尻尾を体に巻きつけた。


『セインは来てくれぬ……』

「あの子は現役の大神官です。現状確認や皆への連絡もあるんだから、すぐには無理ですよ」


 フレイムが即座に弟を庇った。アマーリエも追随する。


「ええ、フルード様は神官府の長という立場がおありですから。きっともうすぐ到着されると思います」

『うむ――セインの事情は分かっておるが、寂しい。それにセインは仕事中は私の名を呼んでくれぬ。ハルア様と呼んでくれるのは私的な時間だけなのだ。神格呼びが余所余所しいというわけではないのだが……』

「俺で良ければお名前をお呼びしますよ。どうですかね、狼神ハルアフォード様」

『うぅむ……焔神様に呼ばれるのも嬉しいですが、やはりセインに呼ばれたいものです』


 ついに巨体を折りたたみ、クルンと丸まってしまった狼神。頼むからこんなトコで、しかもそんな図体(ずうたい)で拗ねないでくれ、と思うアマーリエである。


『それで、代価の件だが』

『はっ』


 ランドルフをひとしきり撫で回したウェイブが唇を開き、邪霊が叩頭して応じる。オーブリーに緊張が走った。


『メイデンの羽で織り上げた大礼服――マント・ド・クールを所望せよ。ただし、羽を霊威で複製したり、巨大化させて賄うことはならぬ。期限は今宵の23の時までだ』

「なっ……」

(それは無理難題だわ)


 オーブリーの顔色が絶望に染まり、アマーリエは心の内で嘆息した。


 神使鳥たるメイデンの体に触れられる人間は、原則いない。抜け羽を集めようにも、メイデンの羽は生え変わりの時期に自然に抜け落ちた分は、大気に溶けて消えてしまう。羽を手に入れたければ、メイデン自身の意思で翼から引き抜いて渡してもらうしかない。


 だが、仮に幸運と偶然と奇跡が重なったとしても、手に入るのは一枚だけ。大礼服を織り上げられるだけの膨大な枚数を集めるなど不可能だ。


『承知いたしました』


 邪霊が恭しく答え、指示通りの内容を告げる。


「大神様、何卒お許しを……!」


 汗と涙と鼻水で顔をグシャグシャにしたオーブリーが、ウェイブに懇願した時。


『レアナ! ここにいたのか!』


 空間を乱暴に裂き、美貌の青年が出現した。神でも神官でもない。邪霊だ。

ありがとうございました。

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