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60.燃える神官府の傍で

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


《やれやれ、仕方がないな〜》


 本棟の外で物陰に佇み、絶賛燃焼中の神官府を眺めているラミルファの脳裏に、長兄から念話が届いた。まだちょっぴり涙声だ。


《お前が出て来た時点で、どんな方法でフルードを遠ざけようともこうなる結果は予想できていた。今回は俺が退こう。念話中にお前たちの話を流し聞いていた限り、フルードにオーブリーを庇う気も無さそうだしなぁ》

《その通りですよ。譲ってくれてありがとう、兄上》

《可愛い弟よ……俺の方が折れると分かってて強気に出ただろう》

《あなたは弟想いの優しい兄ですから》

《はは。そう言ってもらえるなら、お兄ちゃん超大歓喜だ。では俺は天に還るぞ》


 苦笑と共に念話が切れる。横にいるフルードが頭を下げた。


「ラ……邪神様。()()()()()()()()()()()、ありがとうございます」

『君のためだからな。少々際どいが、今可能な中ではこれが最も確実な方法だ。悪神としては落第の大サービスで、本棟にいた者は全員外に避難させてあげたよ。資料などは、後でまとめて復元させれば良い』

「はい、そうします。()()()()()()()()()()()()()()()


 笑顔であっさりと答えたフルードに、ラミルファは無言で微笑んだ。そして、話題を変える。


『……ところで、一つ質問だ。リーリアはもうリミットを超えている。どうやって助けるつもりだい?』

「彼女を私の神使にしようと思っています」

『ふふ、そうか』


 解決方法の一つを即答した宝玉に微笑んだラミルファは、だが、と続ける。


『だが、もっと良い方法があると、僕は思うがね』

「何でしょうか?」

『泡神様がリーリアを見初めるのだよ』

「ああ……」


 フルードは察していた。フロースがリーリアに対して抱いているであろう感情を。

 フロースがリーリアを見る眼差しは、フレイムがアマーリエを見るものと同じだ。恋をしている目。大事な大事な存在を見る目という意味であれば、狼神やフレイム、そしてこの邪神がフルードを見る時の視線とも通じている。


「…………」


 フルードは、アマーリエや聖威師、主任神官たちと多重念話を行いながら、隣でヘラリと笑っている邪神を見た。


 一番初めに自分を見初めてくれた。自分を宝玉としてくれた。自分の幸せにするため、あらゆる手間と労力を惜しまずに尽力してくれた。彼が起点となって、狼神やフレイムと巡り会え、一気に幸運に導かれた。全ての始まりは彼だった。


 それまでハズレばかりを引き続けていた自分の人生における、最初で最後の大当たり。


 そしてこの邪神は、フルードが聖威師として強くなりたいと望んだ時、唯一反対しなかった神だ。狼神もフレイムも、火神も煉神も運命神も、全員がやんわりと再考を促す中、ラミルファだけはこちらの意思を丸ごと受容した。



 ――強い聖威師になりたいのかい。やはり意思は変わらないのだね。良いよ良いよ。応援しよう。力を貸そう。だから君がフレイムと巡り合うようにしたわけだし


 ――君の望む全てを叶えよう。君が願う全部に応えよう。君が心から欲するもの全て、僕が与える。大丈夫、君は死にも壊れもしない。この僕が、必ず君を守り抜いてみせる



 この神は、フルードの意思をどこまでも尊重し優先してくれる。焔の神器と並ぶまでのレベルで。


「お父様―!」


 玉を軽く擦れせたような声が響き、虚空に小柄な影が出現した。12歳ほどの外見に、呼吸を忘れるほど美しい麗姿。ふわふわの金髪に透明で優しい碧眼。


 リーリアやオーブリーが見れば、『帝都入りの挨拶時に案内してくれた少年』と表現するであろう人物が、音も立てず大地に降り立つ。


「今は勤務中です。大神官と呼んで下さい、フェル……いえ、ランドルフ」

「はいー、お父様」

「私の話を聞いていましたか?」

「はい〜。ちょうどあなた方の気配の近くにいたので、念話ではなく直接来ましたー」


 噛み合っていない会話を交わす親子を、ラミルファが笑いを堪えて見つめている。


「大神官、お気付きだと思いますが、私の主神たる波神様が降臨されました。オーブリーの件だと思われます〜」

「承知しています。すぐに波神様の元に向かって下さい。神威がやや険しさを帯びていますから、ご機嫌によっては神鎮めを行うのです」

「分かりましたー。今みたいにちょっと不機嫌なだけの状態で、暴れようともしていない段階なら、天威師は動けませんものね」


 天威師が出動できる範囲は、聖威師より格段に狭い。神が直に関与している出来事で、広範囲かつ無差別の被害が多数生じる場合しか動いてはならないと決まっている。


「頼みましたよ」

「は〜い〜」


 気が抜けるような返事と共に、ランドルフはラミルファにぺこんとお辞儀し、かき消えた。


「申し訳ありません、息子がお騒がせいたしました」

『ふふ、あの子は君に生き写しだ。ランドルフ・フェル・イステンド。君と同じ目まで持っている』


 その性格はとても好奇心旺盛で、興味を持ったものには一直線だ。神官府の頂点という皇帝にすら通ずる至尊の地位にありながら、『変な聖威師』であるリーリアとオーブリーを真っ先に見てみたいという理由で、案内役を買って出た。遠視を使えば良いと提案しても、いや直接見たいと言い張り、根負けしたフレイムの指示で迎えに行ったのだ。


『イステンド大公家の中で君だけ姓が異なるのは超法的な措置だが、致し方ない。君は()()()()()()だからね』

「家名など人の世での括りにすぎません。昇天して神になれば、私はただのフルード・セインになります。レシスは、この呪われた血は、私で終わらせる」

『……君で最後、ね。果たして……』


 どこか憂慮を含んだ眼差しになったラミルファが口の中で呟くが、すぐにいつもの飄々とした顔を貼り付けた。


『さて、()()()()()()()はもう終わる。早くアマーリエと合流したいだろう。一の兄上も言っていたが、狼神様も降臨している。君を待っているはずだ』

「抜き打ち試験を課すような意地悪な主神など知りません。少しくらい待ちぼうけを食らっていれば良いのです」

『おやおや』


 拗ねたように言うフルードに、ラミルファは高らかに笑う。両名はそのまま、燃え落ちる神官府を横目に、()()()()()()()の仕上げに入った。

ありがとうございました、

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