14.始まりの過去
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霊威の強さが物を言うこの世界では、歴史ある元伯爵家であろうと、力が弱いだけで軽んじられる。子世代に力を継承させるため、強い霊威を持つ妻を欲していたダライだが、帝国の家からは相手にされず、属国まで範囲を広げて探した。結局、帝国の属国に住む男爵家で、比較的強い力を持つ娘を見つけて娶った。それがアマーリエの母、ネイーシャである。
そうまでして授かったアマーリエは、徴こそ発現したものの、生憎と父の血を濃く引いたらしく、弱い霊威しか持たなかった。
失望したダライだが、せめてサード家に有益な縁を結ぶ駒にしようと考え、義実家の伝手を頼ろうと妻の生家に――属国に赴くことにした。当初は駄目元で帝国の貴族たちに婚約を打診してみたものの、片端から断られたためだ。
腰を据えて長女の婿探しに専念できるよう、帝国神官府には属国の神官府への長期出向申請を出し、ダライ単体ではなく一家単位での長期間出向とした。
こうして、9歳のアマーリエは母の祖国の土を踏んだ。
属国にて、母方の祖父母はアマーリエたちを歓待し、親族を中心とした会合を開いた。その場において、アマーリエに神と対話してもらう催しをすることになった。神は特段の理由がない限り積極的に地上に降りることはないが、人間の側から勧請すれば応えてくれることがある。
なお、ミリエーナは幼い年齢に加え、まだ徴が出ておらず霊威の強弱が確定していなかったため、不参加だった。
宗主国である帝国の娘ということで注目を浴びたアマーリエは、ここで成果を出して両親に褒めてもらおうと奮起した。父からも、サード家の面子に賭けて絶対に失敗するなと言われていた。
母の生家には多数の神を一括で勧請するための手順を記した古い書物があったため、それを持ち出して神を喚ぶことになった。
かくして、万座の注視を受ける中で行った勧請は成功し、幾柱もの神々が降臨した。その中心には色を帯びた神威を纏う高位の神もおり、参加者はダライとアマーリエに賞賛と感嘆の視線を注いだ。色持ちの高位神を勧請するとは、さすがは宗主国の娘だと。
だが、父に促されたアマーリエが挨拶のために進み出ると、有色の神威を纏う美しい少年神を筆頭に、全ての神々が激しい拒絶を見せた。
『近付くな、無礼者!』
それによりアマーリエとサード家の面子は丸つぶれとなってしまった。ダライは参加者に大金を渡して固く口止めをした。親族たちは口を噤んでくれたものの、誰もアマーリエの縁談を取り持とうとしなくなった。高位神を始めとする数多の神々に軒並み拒まれた娘とは関わりたくなかったのだ。
婚約相手探しどころではなくなったアマーリエは、滞在している属国の邸で、両親から役立たずと罵倒されながら日々を過ごした。神官としての務めも最低限しかさせてもらえず、ダライの監視と管理の下で息を殺して暮らしていたのだ。
出向先となる属国の神官府には、聖威師はもちろん高位の霊威師もおらず、本国からの派遣神官であるダライがそれなりの威光を持っていたことから、彼の都合のいいように融通をきかせることができた。
また、すぐ後に徴を発現したミリエーナは、サード家で最も強い霊威を持っていたため、これで義務を果たしたと安堵した両親から溺愛された。
ダライは転移や念話を駆使して帝国貴族の子息にミリエーナとの婚約者を打診し、グランズ子爵家の次男シュードンを射止めることができた。ミリエーナと婚約が決まったシュードンは、グランズ家には既に跡取りがいるということもあり、両親の決定で婚約者のいる属国の神官府に出向させられた。
当時、神官になりたてであったシュードンは、可憐なミリエーナに一目で惚れ込んだものの、属国に送られたことには不満を抱いていた。サード家が属国に来たのはアマーリエの婿探しが目的だったので、全ての元凶はアマーリエのせいだと恨み、会うたびに暴言を投げ付けて来た。
唯一の味方であるラモスとディモスがいてくれなければ、アマーリエの心は完全に砕けていただろう。
やがて年月が経ち、一度は出向期間終了となったものの、アマーリエの扱いを決めかねていたダライは延長申請を出した。
そして今年、再び出向期間の終了が迫って来た。出向が10年近い期間に及んだために二度目の延長申請は認めないと通達が来たことから、サード家は慌ただしく帰郷の準備を行い、帝国に戻って来た。付随する形で、シュードンも帝国に帰還した。それが現在から一月ほど前のことだ。
帝都にある神官府は属国のそれとは次元が違う。聖威師や高位の霊威師が一定数在籍しており、ダライの地位は下から数えた方が早い。ゆえに決して目立つことはせず、ひたすら息を潜めて大人しくしていろと、ダライはアマーリエに厳命した。
自分の境遇を打開しようとする意欲などとうの昔に砕かれていたアマーリエは、ただ黙って頷くしかなかったのだ。
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