56.二つの救済策
お読みいただきありがとうございます。
「要するに、ゲイルっていう邪霊のアホ王子の暴走なわけか」
フレイムが舌打ちした。
「神器を使われたなら、邪霊の正体を見抜けないのも当然よ。彼女の怠慢ではないのに、連れて行かれてしまうなんて。リーリア様を助けたいわ」
「だが、もう地下行きになるリミットの日を超えちまってる」
「……神器は元々、神命遂行の補助手段として賜ったのよね。にも関わらず、ゲイルはそれを私用で使ったのでしょう? 許可もなく勝手に神を騙ることだって、天への冒涜だわ。そこを突いて、何とか反故にできないかしら?」
今回動いていた邪霊たちは、一の邪神の指示と許可を賜った上で神になりすましていたのだろう。だが、ゲイルだけは違う。他の邪霊たちの言動を愚直にコピーし、神命も無く己を神だと偽った。その非を利用できないかと思ったが、返答は芳しくなかった。
「それだとアホ王子を罰せるだけで、リーリアの地下行き自体はチャラにできない。邪霊の地下連行権は、天に認められたルールなんだ。アホ王子をどうにかしても、リーリアの地下行き自体は変わらねえ。別の邪霊に引っ張って行かれるだけだ」
「そんな……。ではどうしたら良いの。代価を払うにしても、とても入手できない物を指定されるでしょうし――」
邪霊が望む物の提供を代価に、地下行きを免除してもらえる方法がある。ただし、大抵は凄まじい難物を要求されるため、用意することは不可能に近い。
「んー、パッと思い付く確実な方法は二つだな。さてなーんだ?」
人差し指と中指を立てたフレイムが、悪戯めいた笑みを浮かべる。
「聖威師としての思考力と判断力を養うお勉強だ。一つは落ち着いて考えれば答えが分かる。何とか救ってやる手段がないか、もう一度考えてみな。聖威師として」
「リーリア様を助ける方法……」
アマーリエは急いで頭を回転させた。今までに習った、天の規則や邪霊の情報などをさらい出す。
(と言っても、私が受けたのは属国での講義が多いから、内容が薄いのよね。聖威師になってから教わったことの中に何かあるのかも。……聖威師……)
――聖威師として。
わざわざ二回繰り返したフレイム。瞬間、脳裏に光が走った。
「分かったわ! 私がリーリア様を神使に選べば良いのよ!」
「よっしゃ正解。さすがユフィー」
フレイムがパチンと指を鳴らした。
「ラッキーなことに、今は神使選定の真っ最中だ。聖威師も神使を選ぶ権利を得ている。だから、ユフィーとかセインとかがリーリアを神使に見出してやれば良い」
(その通りだわ。これで助けられる……!)
地下行き云々を抜きにしても、リーリアには神官として十分な心技体がある。公平に見ても、神使に見出しておかしくない人材だ。表情を輝かせるアマーリエだが、彼の言葉には続きがあった。
「ただ、俺はもう一つの方法の方が良いと思う。これはユフィーじゃちょっと思い付きにくいかもだから、教えてやるよ。リーリアが神に見初められれば良いんだ。神使になるより、愛し子になって神の仲間入りをした方が格段に良いだろ」
「愛し子? それはそうだけれど……誰が見初めるの?」
「泡神様だよ」
「フロース様? どうして?」
「認証の儀でリーリアを見てた時の泡神様の目は、愛し子に向ける目だった。大切で大切で堪らないって顔だ」
(そう言えば……)
思い返してみれば、幾度か浮かべていたフロースの表情は、フレイムが自分に向ける顔と似通っていた気がする。あの時のアマーリエは、オーブリーのことで心がいっぱいだったので、気に留めず流してしまったが。
「あの目を見て、んん? とは思ってたんだよ。狼神様から6年前の御山洗のことを聞いて合点がいった。泡神様はもう愛し子を見付けてるんだ。自分ではまだ自覚がないみたいだが。多分、ラミルファも気付いてる。泡神様を小突いて忍び笑いしてたしな」
遠くから鐘の音が聞こえて来た。もう20の時らしい。その音をバックに、フレイムがアマーリエに視線を注ぐ。
「泡神様が自分の気持ちに気付き、リーリアを見初めるのがベストだろうぜ」
本当のところがどうなのかはフロース自身にしか分からないが、実際に愛し子を持つフレイムの見立ては馬鹿にできない。
「では、今すぐフロース様にお会いして……」
「ユフィー!」
アマーリエが言いかけた時、表情を変えたフレイムに抱き寄せられた。紅蓮の神威が迸ると同時に、金髪碧眼に転じていた変化が解け、ワインレッドの髪と山吹色の双眸が現れる。従者としての装いも消え、神衣を纏う姿に戻った。
直後、眩い黒の光が迸り、轟音と共に地面がグワンと揺れる。爆風と灼熱が絡み合いながら大気を駆け抜けた。
「きゃあ!?」
力強い腕に守られたまま、何事かと体をよじって振り向いたアマーリエは、信じられない光景を見た。
夜闇の中ですら輝く黒い業火が立ち上り、中央本府の本棟をこんがり焼き焦がしながら炎上していた。
ありがとうございました。




