13.折れた心
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『普段から役に立たない使えないと主を罵っている癖に、何故逃すまいと執着するのか。いっそ、さっさと捨ててくれれば良いものを』
『ラモス、ご主人様は家事がお得意だ。無給の使用人にできる。それに、ストレスのはけ口としては都合がいい。そう思われているに違いない』
やるせないという表情で霊獣たちが唸る。ラモスが再び口を開いた。
『だが状況が変わった。帝国本国に来られたのだ。ここはもう、父親の顔が聞く属国ではない』
アマーリエたちは9年ほど属国にいた。帝国に帰国したのは、今から一月ほど前だ。神使選定に関する神託が降りたのと同時期である。それから邸の整理や各方面への手続きを済ませ、帝城にある神官府に登城し始めたのが僅か数日前。
『今は帝国に来て間もない。誰が信用できるか分からぬ以上、すぐに動くことはできないが――時期を見て、帝国の神官府や省部に家族からの扱いについて相談してみてはどうか。帝国ならば、属国のように握り潰されないかもしれない』
『ご主人様の心はもう萎えているはずだと、両親も油断しております。そこを突けば出し抜けるやもしれません。もう一度勇気をお出し下さい』
「…………そうね……考えておくわ……」
だがアマーリエは、諦観に満ちた顔で力なく微笑むだけだった。
「――なぁ、アマーリエ」
不意にフレイムが真剣な目つきになった。
「あのバカ四強、本気で燃やしてやろうか」
「バカ四強?」
「お前の親父、母、妹、妹の婚約者。四大バカでもいいか。身内が全員強烈バカとは、お前の境遇はなかなかハードだぜ」
「ああ……」
アマーリエは視線を遠くへ投げた。四強にしろ四大にしろ、どのような順番になっているのだろうか。
「けれど、正直に言えば私の環境はマシな方だと思うわ。世の中にはもっと酷い虐待だってあるのよ。何日も水だけ、服を与えない、入浴はさせない、骨が折れるまで殴る、物を投げ付ける、熱湯をかける……私はそこまではされていないわ」
「あのな、それはお前が貴重な労働力だからだよ」
呆れ声で行ったフレイムは、くしゃりとワインレッドの髪をかき回した。
「使用人も少ない邸なんだ、お前には存分に働いてもらった方がいい。それに神官になってる以上は登城するから、酷い服装や怪我はさせられねえだろ。根回しも治癒霊具も限度はある。だから最低限の衣食住は用意するし、一目見て分かるような怪我をさせることもない」
ラモスとディモスが、うんうんと激しく同意している。銀杏の葉のような山吹色の瞳が、真っ直ぐにアマーリエを見つめた。
「おはようの挨拶の代わりに罵声が飛んで来て、視界に入れば嘲笑され、すれ違えば引っ叩かれる。給金は全部むしり取られ、夜中まで働かされ、食事も寝床も服飾品も使用人以下のお粗末なもの。俺は神だから人間とは思考も価値基準も違うが、それでもこれが異常だってことは分かるぜ」
「……そう言われても、私はずっとこの生活が普通だったから。神に嫌われた私を置いてくれているのだから、それだけでも感謝しないといけないのよ」
言いながら9年前の悪夢を思い出す。
――あれは自分の婿を探すために、母の故郷である外国に赴いた時のことだった。
ありがとうございました。