47.舞台裏の神々
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ラミルファは地上に降臨すると、フルードの邸を自分の支配下に置いた。言わずもがな、憔悴している宝玉をあらゆる脅威から守るためだ。自邸ではどうしても無防備になりやすい。ラミルファの領域と化した邸内のことは、一の邪神にも視通せなかった。
『率直に言ってくれ。庇って甘く判定しても俺には分かる。なにせ、ここは俺の領域だからな。ごまかしは通用しない』
その瞬間、ラミルファが破顔し、フルードが衣の袖で顔を覆った。
『ふふ、邸で心中を出していたかですって? それはもう……セインがあれほど甘えてくれるなんて。この僕に、あんなにも弱気で赤裸々な姿を……ふふふふふ』
「いえあの、余りに不安だったもので、素を出すのを超えて童心に戻ったと言いますか、色々と脆い部分をオープンにしてしまいました」
『……そ、そうか……』
一体何があったのだろうか。心から幸せそうな顔を浮かべるラミルファと、恥ずかしさで悶えているフルードの気に、偽りや誇張の色は一切見られない。
『ご心配なさらず、兄上。仔細は語りませんが、セインは溜め込まずに心の内を吐き出せていましたよ。それはもうしっかりがっつりたんまりと』
『では合格で良いのだな?』
『あれで合格にしてあげなければ、何をしても不合格にしかなりませんよ』
何を思い出しているのか、ラミルファが上機嫌で笑う。
『ならば現状維持だ。狼神様にも伝えよう。良かったなぁフルード』
袖から顔を出したフルードが小さく頷く。今のやり取りで喉が渇いたのか、紅茶を飲み始めた。ポットを取ってお代わりを継ぎ足してやりながら、ラミルファが笑みの種類を変えた。
『――それで? 残りの部分も話していただけますか?』
『残り?』
皿いっぱいに菓子と軽食を追加し、フルードの方に置いてやった一の邪神が聞き返す。
『オーブリーとリーリアの件です。オーブリーは予想が付いていますが、リーリアまでが邪霊に取り込まれたのは何故です?』
それから、とさらに付け足す。
『それから、セインをここに監禁した理由も。そんなことをせずとも、勧請に応えるか念話するかして、真相を話すだけで良かったでしょう』
当のフルードは、新しく追加されたクラッカーに手を伸ばしている。塩味の効いた生地に、甘酸っぱいストロベリージャムを乗せたものだ。一枚頬張って気に入ったらしく、すぐにもう一枚取っている。それを見た一の邪神は、ふと頰を緩めた。
『幸せになって良かったなぁ』
フルードの運命は二度変わった。本来辿るはずだった絶望の末路を変えて彼を救ったのは、一度目は狼神、二度目は焔神。そして、その二柱とフルードが巡り会うよう尽力したのは末の邪神。最高峰の神としての誇りと矜恃を持つはずの末弟が、犬馬の労も厭わぬ勢いで東奔西走した成果が花開いている。
嬉しそうなフルードを見て満足げな眼差しを浮かべたラミルファが、兄に視線を戻した。先ほどの問いへの返答を促す眼差しだ。一の邪神は軽く首肯し、口を開いた。
『では順に行こうか。まずオーブリーの件だが――』
◆◆◆
「ラモス、ディモス!」
狼神の後ろから現れた影は、アマーリエにのよく見知ったものだった。
「どうしてあなたたちまでいるの?」
(邸で留守番しているはずなのに……もしかして、何かあったのかしら)
心配が顔に出ていたのか、フレイムがトントンと背を叩いてくれた。
「トラブルとかじゃないと思うぜ。……オーブリーの件はお前らも知ってたんだよな?」
『はい』
『ご拝察の通りです』
コクリと頷く聖獣たちに、一瞬理解が追い付かない。
「え……っと……どういうことなの?」
『いつから気が付いておられましたかな?』
白銀の尾を一振りし、狼神が面白そうに尋ねた。
「おかしいと思ったのは最初の方です。オーブリーが聖威師になった連絡を聞いたユフィーが倒れた時、コイツらの反応が明らかに薄かった」
フレイムが二頭の獅子を順繰りに見た。
「コイツらは、主のためなら邪神の炎にも怯まず立ち向かう。いつだってユフィーの味方だ。なのに、オーブリーが寵を受け、ユフィーと同じ位置まで上り詰めたと聞いても、驚きも警戒も見せず、ただ冷静でした」
ダライ、ネイーシャ、ミリエーナ。シュードン。ミハロ。その他も含め、アマーリエを無能扱いした者たちに、ラモスとディモスは一貫して塩対応を行なっていた。
ミリエーナが星降の儀で高位神に見初められたと聞いた時は、自分たちの保身など全く考えずアマーリエのことだけを案じていた。
実際のところ、ミリエーナが寵を受けたのは悪神だったが、それは結果論だ。もしも真っ当な神が見初めていたならば、アマーリエの立場は完全に無くなっており、彼女の霊獣である自分たちも苦境に置かれていただろう。
それが分からないはずはないのに、ラモスもディモスも揺らぐことなくアマーリエの味方であり続けた。
だというのに――
「今回、オーブリーがユフィーに何をしていたかが全部つまびらかになって、コイツらもそれを近くで聞いていた。なのに、あまりに落ち着きすぎていた」
オーブリーがアマーリエに対して行った仕打ちは、ある意味では生家のサード家の面々より非道だ。まだ幼い少女を押さえ付け、水に頭を突っ込んで溺れさせる蛮行。一歩間違えれば最悪の事態になっていた。
そんな輩が神格を得て主と同列になったとなれば、血相を変えて案じるはずだ。しかし、聖獣たちは淡々と報告を聞いていた。
『ほぅほぅ』
愉快そうに相槌を打ちながら、狼神が脚を折って地面に腹を付けた。この広い空き地ならば、見上げるような巨躯も収容できる。絹のごとき毛並みを揺らして悠々と横たわる様は、さながら森の王者の貫禄だった。
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