41.ずっと待っていた
お読みいただきありがとうございます。
「貴き神々よ。我らはひとまずこれにて失礼いたしたく」
「奴らが邪霊の玩具になる方を選んだ際は、引き取りに伺います。責任を持って地下に引きずり込みますので、ご安心を」
静かに控えていた邪霊二体が申し出るのを、フレイムが遮った。
「あー悪い、もうちょっと残ってくれるか。これからアリステルと話す。その後で、お前らに聞きたいことがあるんだ」
「承知仕りました。ではしばしこの場に留まらせていただきます」
「現在の我らは葬邪神様の意を受けた使い。神々のお役に立てることであれば何なりと」
男女の邪霊は素直に一礼し、邪魔にならない後方に下がった。
フレイムが静かな目でアリステルを見た。
「念願の復讐は終わったのか?」
「はい、私にとっては。彼らにとっては今からが地獄の始まりですが」
アリステルが、大きな仕事をやり終えた後のような茫洋とした目で答え、右手首に巻いている漆黒の腕輪をさすった。
「これは、かつて葬邪神様より賜った神器です。いただいた時は銀色でした。奴らに復讐するのに最適な時期になると、黒に変色して報せてくれるのです。他の時に復讐することもできますが、時の運や時節というものもありますから」
そう話すアリステルの双眸には、絶大な信頼と思慕が満ちている。どうやら、一の邪神とは親しい仲らしい。
「葬邪神様はこう仰せでした。少し年月を要するが、この腕輪が完全に黒く染まる時が来る。動くのに最適となるその時期を掴めば、この上ない形で復讐ができる。俺も協力すると。ですから、ずっと時が来るのを待っていました。神使選定がそのタイミングだったのですね」
万感の思いを乗せた声で、アリステルは虚空を振り仰いだ。
「本当に……今日この日をどれだけ待ち望んだことか」
(一番良い時期に最大級の報復をする意思が固まっていたなら、20年かそこらくらい待てるわよね)
なお、復讐の時期を正確に予測しようと未来視をしても、はっきりとは分からなかったという。選ばれし神を含めた多くの神々が、手を貸す形で報復に関わっていたからだ。神は同格以上の神が絡むことに関しては、未来を読み切れない。
「逃走したあいつらが潜伏していた場所は、かなり前に突き止めていました。人里離れた山奥で、自給自足で暮らしていました。元々、貧しい山村の出でしたから、そういうこともできたのでしょう」
外界から離れた場所に身を潜めていたため、あの夫婦を野放しにしておくことで、無関係な他の者に被害が出ることもない状態だった。ゆえに、時が来るまでは放置していたという。
「他の聖威師たちも承知していたのですよね?」
「ああ。ずっと昔から話を通してあるから、全員が知っている。フルードもだ。ここまでの目に遭わされたのだから、時が来たら好きにすれば良いと言われていた」
誰も夫婦を庇う者はいなかったらしい。さすがのアマーリエも、あの二人に関しては取りなそうと思えなかった。サード家の面々やシュードンの時は、まだ最後の情が残っていたが。
「少し前、腕輪の色の大半が黒に変じた頃にも連絡をしておいた。復讐の時機が来たので近く実行する。もしもあの夫婦が聖威師になったと申告して来ても、私の計画の内なので驚かないで欲しい。その時は形だけで良いから認証をして、後は放置しておいてくれれば私が動く。そう伝えていた」
(だから皆、あの二人に関してはサラッと流すだけの反応だったのね)
アリステルが頭上を見上げる。視線の先では、小さな雀鷹がまだ浮かんでいた。おそらく全てを見ていたであろう佳良の使役に会釈すると、雀鷹は小さく頷いて旋回し、彼方へ飛び去って行った。
「アマーリエにだけは言っておらず、すまなかった。今少しの間は聖威師としての環境に慣れることを優先すべきとして、私のことはまだ伏せていた」
とはいえ、結果的にここに来てしまったので、先日偶然にもアリステルのことを聞けていて良かったのだろう。
(ええと、つまり……私はアリステル様の復讐劇に巻き込まれたということ?)
胸中の呟きに呼応するように、静かな声が場を穿った。
「今回の聖威師誕生に関わる一連の件、肝の一つはお前の復讐だろ。腕輪が黒に変わり、時期が来たと悟ったから、鬼神様や葬邪神様の協力を得て動いた」
腕組みしたフレイムが、山吹色の目を煌めかせる。
「ここからは俺の推測だが……もう一つの肝は、おそらくセインの主神の狼神様だ。クソ貴族も今頃、あの夫婦と同じ内容の報復を受けている。狼神様が葬邪神様と結託してたんだろ。太古の神々は仲が良いからな。色んなことを相談したり話し合ったりしてるし」
「そう聞いております」
アリステルが恭しく答える。
「クソ貴族の先祖が嫌々とはいえ取りなしてるから、一向に手酷い罰を与えられねえ。そのことに業を煮やした狼神様が、お前の復讐に乗っかる形で動いたんだな」
「はい。少し前にご依頼をいただきました。私が動く際に便乗させて欲しいと。葬邪神様も快諾なさっておりましたから、ガルーンの方にも邪霊を差し向けたのでしょう」
独房にいる自分の元に降臨し、お前を見初めたと言ってくれた神。正体は邪霊だが、それを見抜けないガルーンにとっては、まさに天の救世主に映っただろう。
「葬邪神様と狼神様の命を受け、ガルーン担当になった邪霊は彼を唆し、フルードに宛てて手紙を書かせたそうです。端的に言えば脅迫状ですね」
貴族的な言い回しや比喩表現も交えていたが、大まかに言えば以下のような内容だったらしい。
『自分も選ばれし神に見初められ、聖威師になった。今後は昔のようにお前を存分に痛め付けてやる。これで地獄の再開だ、もう助かったと思っていたのなら残念だったな。お前は永劫に自分から逃れられない』
フレイムの双眸がスゥッと細まった。
「……それで?」
「実際は、主神から渡しておくと言って手紙を預かり、フルードには届けない予定だったようです。預かった手紙はガルーンの先祖に見せて完全に失望させ、最後の情を砕いて減刑の嘆願を取り下げさせるつもりだったとか」
元々、嘆願はか細い情で渋々行なっていたに過ぎない。醜悪な本性が滴る手紙を書かせ、こんなものを書いたと言って見せれば、間違いなく見限る確信があったという。大切な同胞を脅迫するなど、神々の中ではあってはならないことだからだ。
「先祖の後ろ盾を失くさせた上で、私を育てた夫婦と同じ罠にはめ、邪霊の玩具か悪神の生き餌か選ばせる計画だったそうです」
「そうか。本当は神罰牢に堕としたいが、セインは優しいからな。限界まで相手を赦そうとする。クソ貴族の減刑を請願しかねん。お前と同程度の虐待を受けて来たっていうのに」
そう呟くフレイムは、自分のことのように辛そうな表情を浮かべていた。
ありがとうございました。