12.唯一の味方
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『主、戻ったぞ』
『ただいま帰りました、ご主人様』
フサフサした黄金の毛並みを持つ獅子が二頭、空間を割って出現する。アマーリエは顔を輝かせた。
「ラモス、ディモス! お帰りなさい」
「おー、戻ったのか」
フレイムも親しげにヒラヒラ手を振っている。ラモスとディモスは、言語を解する獅子型の霊獣だ。一定以上の霊威を持つ動物は霊獣と呼ばれ、高い知能と奇跡を起こす力を持つ。霊威師の獣版のようなものだ。
彼らとの出会いは、アマーリエが7歳の時。まだ子どもだった二頭が親と生き別れ、空腹で倒れているところを見つけて介抱したのが始まりだった。恩義を感じた彼らはアマーリエを主と定め、専属の霊獣として付き従ってくれている。雪の日も猛暑も、共に寄り添い支え合って乗り越えて来た、アマーリエの唯一ともいえる味方だった。
『朝に頼まれたお使いを済ませて来た』
額に三日月型の白毛が生えたラモスが、首かけていた籠から器用に頭を引き抜く。籠の中には、真っ白な花弁を持つ丸い花がいくつも収まっていた。
『夕暮れ時の一瞬にしか咲かない、月光草の花だ』
『この前、場所を見付けておいて正解でしたね』
四肢の先が白いディモスが嬉しそうに言った。彼もまた、白い花が詰まった籠を下げている。
「ありがとう。これがあれば料理のレパートリーが増えるわ』
月光草の花は、粉末加工すれば調味料になる。加工法によって味が変わるため、甘味料にも辛味料にもなる優れものだ。店に流通しているものは値が張るが、先日運良く自生群を見付けたのだ。
『元貴族の家の娘である主が、何故自ら厨房に立たされねばならないのか』
アマーリエに擦り寄ったラモスが、憤慨したように言う。
『ご主人様、今日はあやつらに理不尽なことをされませんでしたか? 私かラモス、どちらかがお側に付いていればよかったのですが』
ディモスが気遣いの眼差しを浮かべた。
「いいのよ、そうしたらお父様たちの機嫌がもっと悪くなるから」
主を慕う二頭は、当然ながらダライたちをよく思っていない。アマーリエが罵倒されると唸りながら睨み付けるため、ダライたちもこの霊獣を疎んでいた。
『霊獣とは言っても、貧弱な霊威しか持たぬ最下級ではないか! 役立たずが役立たずとつるんで何になる、こんな生意気な獣はさっさと捨てて来い!』
度々そう怒鳴りつけるため、なるべく家族の前には出ないようにさせている。ラモスとディモスまでが能無し扱いされるのは我慢ならないのだ。
「お前ら聞けよ、今日もバカ父が絶好調で――」
「フレイム!」
余計なことを言おうとするフレイムを睨んで止める。
『何かあったのですか?』
『あの父親が何か?』
二匹はすぐに食い付いた。アマーリエに対して好意的なフレイムのことは受け入れているようで、仲良く話している場面を見たこともある。
「何でもないの、いつもの嫌味よ。もう慣れっこだわ」
両腕を振ってアピールするが、ラモスとディモスは我がことのように辛そうな顔になった。
『主、また暴言を吐かれたのか。手は上げられなかったか?』
『こんな家、さっさと出てしまえばよろしいのです』
主を思っての言葉に、しかし、アマーリエは身震いした。
「無理よ……お金も伝手もないし、失敗したらもっと酷い目に遭うもの」
神官として得た給金は、ダライに管理されている。アマーリエの自由になる金は僅かもなかった。
属国にいた頃には、何度か神官府や役所に駆け込み、家出も試したが、ダライの妨害でことごとく挫折した。宗主国の神官であるダライは属国の各所に顔が聞く。万一アマーリエが来ても訴えを握り潰せるよう、方々にあらかじめ根回ししていた。また、霊威と霊具で作り出した使役数体にアマーリエを監視させ、少しでも不審な動きをすればすぐに報告させていたのだ。
告発も逃亡も失敗して捕まり、その度に邸に監禁され激しく怒鳴られ折檻された。それを何回も繰り返せば完全にトラウマとなり、今では逃げようという気持ち自体を挫かれてしまっている。
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