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39.決してもらってはいけない

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


「私のことを知っているのか?」


 フルードと同じ美貌と真逆の瞳を持つ青年――アリステルが言う。選ばれし神たる高位の悪神、鬼神に愛された奇跡の聖威師。だが、彼はアマーリエの返しを待つことなく、衣の裾を捌くとフレイムに礼をした。


「焔神様にご挨拶申し上げます」


 完璧としか言いようがない跪礼。フルードと同等なまでに美しい所作だ。


「俺そういうカッチリしたの好きじゃねえんだよ、知ってるだろ。お堅い場じゃなきゃ気楽にして良いんだぜ」


 フレイムが気さくな調子で答える。


「感謝申し上げます」


 優雅な動きで応じたアリステルは、次いでアマーリエを見た。先ほどの言葉への返事を待っているのだと察し、生唾を飲み込んでから頷いた。


「あなたのことはフルード様からお聞きしました。奇跡の聖威師たる兄がいると。ですが、まさかこのように壮絶な経歴をお持ちだとは」


 これは報復したくもなるだろうと思いつつ、そつのない動きで一礼し、スラスラと挨拶を述べる。


「大神官アリステル・レシス様にご挨拶申し上げます。私はアマーリエ・サード。過日より聖威師の末席に名を連ねました未熟者ですが、ご指導ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願いいたします」

「私もお前のことは聞いている。丁重な挨拶痛み入るが、私が教えられることはそう多くない」


 光を通さない碧眼は、それでもこちらを拒む気配を放ってはいない。


「おい、アイツら逃げようとしてるぜ」


 フレイムがアリステルの背後を指して言った。腰を抜かした夫婦が、這いずって空き地から出ようとしている。もしかしなくてもあの夫婦こそが、アリステルの育ての親なのだろう。


「つっても出られねえだろうけどな。人形劇の最中に、ここら一帯に結界を張っただろ」


 その直後、大気が縦に裂けた。切れ目を左右に開き、一組の男女が現れる。


「主神様!」

「主神様、助けて下さい!」


 空き地から出られずパニックになっていた夫婦が、天の救いを見た顔で縋り付く。


(神ではない……やっぱり邪霊だわ!)


 新たに現れた男女を視たアマーリエは、すぐに看破した。神威で霊威をカモフラージュした邪霊二体は、夫婦を無視してアリステルの傍に膝を付いた。


『アリステル様に申し上げます。葬邪神様のご命令通り、神の真似事をさせていただき、これなる夫婦を手中に堕としましてございます』

「ご苦労だった。お前たちの働きに礼を言う」


 短く頷いたアリステルに叩頭し、邪霊たちはフレイムとアマーリエにも恭しく頭を下げた。


「あ、どうも……って、そうではなくて」


 反射的に会釈を返しかけたアマーリエはブンブンと両手を振る。アリステルが呆れたような、少し笑ったような目を向けた。


「何をしているんだ。面白いなお前は」


 一方、綺麗に無視された夫婦は目を白黒させている。


「主神様、どうさなったんで?」

「何でその子と仲良く話してるんです?」


 この二人はまだ状況が読めていないらしい。


「その子だと? 無礼者! 貴様らごときが、この貴き御方を気安く呼ぶでない」


 邪霊の一体が厳しい口調で言った。ヒィと息を呑んだ夫婦が、訳が分からないと言いたげに視線をあちこちに泳がせる。


「良い。この者たちはまだ何も知らないのだから。……あのね父さん母さん。この者たちは神じゃないよ。実は邪霊なんだよ」


 整った容貌に嗤笑(ししょう)()くアリステル。フルードならば決して浮かべない表情だ。


「は? 邪霊? う、嘘を吐くな。そんなはず……」

「僕が聖威師になった時に、父さんと母さん逃げたよね。僕、ずっと探してたんだよ。僕とシスを散々可愛がってくれたから、お礼をしたくてしたくてたまらなかったんだ」


 ふふ、とアリステルが嘲笑う。小さな子どものような口調なのに、何故か違和感が無い。


「僕の主神と、仲間の神々も手伝ってくれたんだよ。皆、僕とシスが大好きだって言ってくれるんだ。僕たちをいじめた奴らなんか酷い目に遭わせてやるって。だから、邪霊に命令を出して父さんたちを取り込ませたんだ」


 白く細い指が、夫婦を示す。


「二人が着けているブレスレット。邪霊たちからもらった物だよね。神の寵の証として神器を授けると言われて、喜んで受け取ったんじゃない?」

「だ、だから何よ……?」


 消え入りそうな声で聞く妻に、アマーリエは思わず口を挟んだ。


「嘘でしょう!? 邪霊から物をもらってしまったら、所有物にされてしまうんですよ!?」

「……へっ……?」

「もらってから一定期間が過ぎる前なら、もらった物を返すか捨てるかすれば回避可能ですが、ある期間を超過してしまうとそれもできなくなって、妖魔や悪鬼邪霊が住む地下世界に引きずり込まれるんです!」


 リミットの日を越えてしまえば、その人間の所有権は邪霊のものになる。


「だから、邪霊からは絶対に何ももらってはいけないんです。地下に連れて行かれたら転生もできず、ずっと嬲り物にされて地獄を見ることに……」


 そこまで言い、脳裏に蘇った情報にハッと目を見開く。


「もしかして、聖威師になったことを内緒にしておけと厳命していた邪霊たちが、急に方針を変えて話して良いと言ったのは――撤回できる期限日が過ぎたから?」


 答えてくれたのはフレイムだ。


「だろうな。もう後戻りできないトコまで進められたから、緘口令を解いたんだ。その後で聖威師たちが認証して、コイツら神から寵なんか受けてないぞって分かっても、もう手遅れだからな」

ありがとうございました。

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