38.捕まえた
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「「ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁ!!!」」
夫婦が絶叫した。
「きゃあああーっ!?」
アマーリエもフレイムにしがみつく。この子どもたちは、とても精巧に創られているものの、生者ではない……おそらく人形だと察してはいたが、怖いものは怖い。
「ユフィー、大丈夫だ。俺がここにいる」
夫婦は泡を吹きそうな顔で地面に倒れこんでいる。二人に歩み寄った青年が、フードを外した。
「ねぇ父さん母さん。また会えて嬉しいなぁ。僕、あなたたちにずううぅぅぅぅ〜っと会いたかったんだよぉ」
ハラリと金髪がこぼれ出る。暗く濁った青い双眸がはっきりと見えた。舞台に出ていた少年の人形と同じ色。彼が誰であるか、もう分かっていた。
アマーリエは一歩踏み出した。無意識に唇が動き、その名を呼ぶ。フルードと瓜二つの声と顔。青年にも少年にも少女にも見える不思議な容貌。氷菓子のように美しい麗姿を眺めながら。
「アリステル様……」
◆◆◆
無数に蠢く漆黒の蔓が、大きくしなった。がんじがらめに縛り上げられて宙を舞う体が、地面に叩き付けられる前にふわりと勢いを殺され、壊れ物を扱うかのように優しく横たえられる。下は冷たい床ではなく、柔らかな毛布が敷かれていた。
『やーっと捕まえたぞ』
苦笑を帯びた声が耳朶を打った。フルードが緩慢な動作で頭をもたげると、精悍な美丈夫がこちらを覗き込んでいる。逞しい体躯に切れ長の瞳、精緻に整った容貌にうねりを上げて広がる漆黒の長髪。
『手荒な真似をしてすまんなぁ。解いてやろう』
シュルシュルと軽い音を立て、全身を拘束していた蔓が霧散した。
『あっ、挨拶や礼は要らん。そのまま寝ていろ。見るからに元気が無いしなぁ』
他人事のように笑いながら言われたのが癪に障った。
「あなたをずっとお喚びしていたから消耗したのですよ、葬邪神様」
『俺もお前を呼び出そうとしてたぞ。聖威師の声真似をして頑張ったんだが、お前は全然靡いてくれなかった。困ったんだぞ、あの安全地帯にいられたら俺でも容易には手が出せんのでな。仕方がないから、可愛い末弟の力を借りた』
やられた、とフルードは内心でほぞを噛んだ。どうにか逃げられないかと算段をする間でもない。神の強さは神格で決まる。特殊な例外もあるが、基本的には神格の高さが戦闘力の大きさに直結する。目の前の神に抗せるはずがない。
『随分と消耗している。顔色も冴えんなぁ』
「先ほども申し上げましたが、あなたをお喚びしていたので疲労が激しいのです」
『それはすまん』
苦笑いしながら秀麗な眉を下げるこの邪神は、最高神に続いて顕現した最古の神の一。煉神ブレイズや運命神ルファリオンなどと同時期に誕生した最初期の大神だ。
『久しぶりだな〜。息災にしていたか?』
「葬邪神様のおかげをもちまして、今もとても元気です」
皮肉を込めて答えると、葬邪神は肩を震わせて笑った。わしゃわしゃとフルードの頭を撫でる。
『俺に聞きたいことがあるんだろう。話せる範囲で話してやるぞ』
そして、チラと斜め上の虚空を一瞥した。同時に、爆音と共に視線の先の空間が砕け散り、派手に空いた穴から小柄な影が飛び込んで来た。白髪がさらりと揺れる。
『おお、来たか愛する弟よ』
『……兄上、ご機嫌麗しく』
にっと気さくな顔を向けられたラミルファは、灰緑の目を細めて微笑んだ。
ありがとうございました。