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35.暗がりへゆく

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


 時は少し遡り、神官府本棟。


「思ったより時間がかかったわね。もう19の時を回ってしまったわ。早く帰りましょう」


 壁にかかった時計を見たアマーリエは、やや急ぎ足で資料室を出た。少し残業した後、仕事の関係で持って来た書類の返却手続きをしていたため、遅くなってしまった。


 金髪碧眼に変化し、従者のフリをしているフレイムがえっへんと胸を張る。


「今夜はレテ牛頰肉の赤ワイン煮込みなんだぜ。早朝に仕込んでじっくり味を染ませてあるから、帰ったら仕上げをするだけだ」

「ありがとう。楽しみだわ」


 資料室から外に出るには、正面口より裏口の方が近い。裏口を通って神官府の棟を出ると、とっぷりと暗くなった道が広がっていた。庭園と接している裏道だ。街路灯の霊具は設置されているが、正面口付近よりは少ないため、どこか薄ぼんやりとしている。


(朝早くから仕込み……フレイムって体力無尽蔵よね。夜は私と、その……仲良くしているのに、全然疲れた様子を見せないんだもの)


 湿気を帯びた土の匂いを吸い込みながら、誰にも聞かれないよう念話を放つ。


《それで、邪霊は見付かったの?》

《まだだ。テスオラの宿泊棟を遠視してみたが、今の所気配はないな。リーリアとオーブリーもちらっと視てみたが、21の時まで照覧祭のリハーサルだとかで、二人とも会場に缶詰め状態だった》


 照覧祭は各属国ごとに権利があり、内容を模倣されないよう練習風景を遠視することは制限されている。これは天も認めた規則なので、会場内はそれほど長く遠視できないのだ。


《リハーサル中に邪霊が現れるとも思えねえし、21の時が過ぎたらまた視てみるよ》

《分かったわ、お願いね。向こうもそんなにすぐには尻尾を出さないと思うけれど》


 接見と認証を行なったのが、本日の16の時。今は19の時を過ぎたところだ。さすがにこんな短時間では発見できないだろう。

 フレイムが神威を解放し、本気で捜索すれば別だろうが……一の邪神が関わっている可能性が高い以上、あまり強引な真似はしない方が良い。


(にしても、リーリア様たちのことは普通に視られたのね。先日ガルーンを遠視しようとした時は弾かれたのに。……フルード様からは連絡が無いわ。勧請が難航しているのかも)


 神を喚んでもすぐに応じてもらえるとは限らない。相手が反応してくれなければ、聖威師とてどうしようもないのだ。


(向こうに雲隠れされたら手の打ちようがないわ。何とか出て来て下さると良いのだけれど)


 今夜は空気が重い。淀んだ大気を切るようにてくてく歩きながら、アマーリエはむぎゅっと眉を寄せる。


《数日くらいかかると見た方が良いかもしれないわね》

《ああ。邪霊を見付けなくても、葬邪神様と連絡が付いて全容を説明してもらえたら、本格的に対応できるんだが。ま、そっちはラミルファに任せてるし。――ホントのこと言うと、8割方予想はできてるしな》

《ええっ!? そうなの!?》

《ああ。ただ、まだ推測の段階だから話すのは勘弁してくれ。選ばれし神が関わってることだから、万一間違ってたら洒落にならねえ。それに、後の2割が分からねえんだよな。俺の予想が正しいなら、何でリーリアまで……》


 フレイムの言葉を遮るように、騒々しい足音が鳴る。庭師が丹精込めて整備した草花をズケズケと踏み荒らし、初老の男女がのし歩いて来た。


「おお、こりゃまたベッピンがいるじゃないか」


 男の方がこちらを見てニタリと笑う。だが、アマーリエの前に出たフレイムが睨みを効かせたので、慌てて目を逸らしている。


「あら、イイ男」


 後ろから顔を覗かせた女が、これまた品の無い顔で笑みくずれた。


(何なの、この人たち。法衣を着ていないから神官ではないわね。こんな時間にどうして一般人がここにいるのよ?)


 神官府には部外者の侵入を拒む結界が張られている。中に入って来られたのであれば、受付を通過できたということなので、正当な理由を持つ来客の線が濃厚だ。


「こんばんは。夜分にどうなさいました? 何か急なご用件でしょうか」


 問いかけながら、聖威を込めた双眸でじっと男と女を見つめ、えっと声を上げそうになるのを堪えた。


(こ、この二人……リーリア様とオーブリーと同じだわ! 邪霊の影が視える!)


 思わずフレイムの袖を掴むと、チラとこちらを振り向いた彼は小さく頷いた。


《コイツらは今回聖威師になったっていう残りの二人だ》

《佳良様と当真様が認証した人たちね。では、夫婦なのね》

(こんな時間に何をしているのかしら。確か、この人たちには監視を付けていると聞いた気がしたけれど)


 気配を探ると、頭上に引っかかるものがあった。そちらを遠視すると、暗い空に紛れるように、小さな鳥が浮遊している。

 超小型の鷹――雀鷹(つみ)だ。おそらく佳良の使役だろう。こちらに干渉する様子は見せず、静かに滞空しているのみだった。


 フレイムも鳥に気付いているだろうかと視線を動かせば、彼はじっと夫婦を見つめていた。


「へぇ――コイツらが……」


 低い声音で言葉を発した時、女の方が声を上げた。


「あら? ねえアンタ、あっちから音がするよ。鈴の音みたいな」

「ん? ホントだな。何だか知らないが盛大な祭りがあるんだろ。屋台でも出てるんじゃないか」

「行ってみようよ」


 何かに引き付けられたように、夫婦はふらふらと庭の奥に踏み入っていく。


「ど、どこに行くんですか。その先は空き地です、屋台などありませんよ!」


 アマーリエは慌てて後を追った。フレイムが無言で追随する。


「もう夜ですし、用が無いならお帰りを……え?」


 小走りで追いかけたアマーリエは、途中で言葉を止める。目の前に開けた場所に、小さな子どもたちがお行儀よく膝を抱えて座っている。薄暗い街路灯が申し訳程度に並び、正面には布がかけられた舞台があった。


 そして、脇に佇んでいた人影が振り向いた。

ありがとうございました。

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