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34.月下の告白

お読みいただきありがとうございます。

 奇跡のような申し出に、頭が付いていかない。


《な、ぜ……そこまでして下さるのです?》

《あなたはずっと一人で重責を背負い込んで走って来た。支えるべき大人が誰も頼りにならない中、11歳の娘がたった一人で。そんな姿をずっと視ていたら、助けたいと思ったんだ》


 捨てる神あれば拾う神ありという言葉が浮かんだ。皇国の属国である、小さな島国のことわざだ。


《急だけど、御山洗の儀の打ち合わせをしよう。大丈夫、私が代わってもバレないよ。神官たちには姿を見せないようにして、天から力だけ放つから》

《は……はい……》


 夢のような展開に、リーリアは安堵で腰が抜けてしまった。


《大神様、ありがとうございます……》


 それが6年前の真相にして、優しい神との出会いだった。


 翌日の御山洗の儀では、打ち合わせ通り聖なる神雨が降り注いでレール山脈を浄化した。

 大成功に歓喜する祖父や父、多くの人々の中で、マキシム当主は苦虫を噛み潰したような顔をし、オーブリーは驚愕に表情を歪めていた。だが、どうやって代わりの神を見付けたのかと詰め寄ることもできず――そんなことをしたら、彼が高位神を怒らせたことが露見してしまう――、ただ呆然としていた。


 ◆◆◆


「あなた様は焔神様の随従……従神であらせられたのですか?」


 束の間の回想に浸っていたリーリアは、すぐに気を取り直して聞いた。


(神威は万能な力ですもの。炎の神でも、水を操り雨を降らせることはできるはずですわ)


 だが、返って来た返事は否だった。


「違う。ゆえあって従者のフリをしているだけだ。この姿も仮初めのもの」

「まあ、そうでしたの。大変失礼いたしましたわ」


 推測が外れたリーリアは急いで謝罪した。そして、切なく目の前の神を見つめる。手を伸ばせば触れられるほど近くにいる彼に、かつて助けられた。とても優しくしてもらった。――子ども心に、淡い淡い恋をした。


(どうして……わたくしに寵を与えて下さったのがあなたではなかったの)


 ずっと心の奥底に押し込めて想いが溢れ出る。


(あなたが良かった。あんな粗暴な神ではなく、あなたに見初められたかった。あなたの愛し子になれたなら――)

「わたくしの主神があなただったら良かったのに」


 ポロリと雫が落ちるような、秘めた本音が零れ落ちた。

 神が僅かに瞠目する。青い絵の具に数滴の白を落としたような、少しだけ淡い碧眼が揺らいだ。

 リーリアはハッと我に返り、青ざめて口元に手を当てる。


(……わ、わたくしは何ということを……!)


 今のは、神官としてあるまじき発言だ。どれだけ暴力的で理不尽でも、愛し子の誓約を交わした以上、自分の主神はゲイルだ。それを否定することは許されない。


「い、今の言葉は失言でしたわ。どうかお忘れ下さいまし。わたくしの主神様には言わないで……」


 ゲイルに知られれば、確実に怒鳴られ殴られる。祖父にも激怒され叱り飛ばされるだろう。想像しただけで震えが込み上げた。


「お願いです、何卒主神様にはご内密に……」

「あなたに主神はいない」


 地にひれ伏さんばかりの勢いで懇願していたリーリアは、頭上から降って来た言葉の意味がすぐには分からなかった。


「…………え?」


 そっと視線を上げると、真剣な表情をした神が見下ろしている。


「頭を上げて。大事な話がある。それを話すために、私はあなたに会いに来た。リーリア、()()()()()()()()()()()()()()

「……はい?」

「あなたに寵を与えたのは、自らを神と偽る邪霊だ」


 リーリアは数瞬の刻をかけ、神から投げかけられた内容を咀嚼した。そして、ゆっくりと頭を振る。


「あ、ありえませんわ。だって主神様は……ゲイル様は、神官府の神事の最中に降臨されたのですわよ。テスオラ神官府の要職者しか参加できない儀式で、わたくしとオーブリー様、お祖父様とお父様、マキシム当主のみが参加しておりました」


 その神事の席で、神々しい輝きを纏ったゲイルが降り立ったのだ。あの時の彼は、優しく慈悲深い仮面でその暴力的な本性を隠していた。


「そのような神聖な場に邪霊は入って来られないはずですわ。それに、ゲイル様が放っているのは間違いなく神威です。わたくしたち全員が、神の神威と邪霊の霊威を読み違えるとは思えません」


 テスオラで五指を占める神官たちが、そろいもそろって邪霊に騙されるとは考えにくい。だが、目の前の優しい神はきっぱりと繰り返した。


「いいや、違う。私は認証であなたを直に視た。今この瞬間も視ている。だからはっきりと言い切れる。あなたには神ではなく邪霊が憑いている。それに、ゲイルという名の神は存在しない」

「……そ、そんなはずは……」

「あなたたちが間違えたのも無理はない。今回は事情が込み入っている。本物の神が関与しているんだ。邪霊を使役し、神威を纏わせて神のように見せかけている」

「は……」


 リーリアは呆然とした。正真正銘の天の神が邪霊に全面協力しているとなれば、いかな熟練神官でも正体を見破ることはできない。


「ど、どうしてそのようなことを!? 神は御自ら進んで地上に関わることはないはず」

「普通はね。だけど例外もある。今回は……()()()()のためだよ。もう始まってる。実を言うと、私もほんの少しだけ噛んでいる。といっても端役(はやく)も端役で、最末端の協力者に過ぎないのだけど。しかもその協力すら上手くできなかったしね」


 さらりと答え、神は秀麗な美貌を歪めた。


「だけど、どうしてリーリアまで。()()()()()()()()()()()。ガルーンとあの夫婦、オーブリーの四人だけだったはずだ。なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ゴォンと鐘の音が響き渡る。20の時を告げる合図だ。日勤で残業している者は早く帰りなさい、という意味もある。重厚でありながらも澄んだ音をどこか遠くで聞いていると、神のほっそりした腕がリーリアの肩を掴んだ。


「あなたは今回の計画の対象ではない。何かのアクシデントで巻き込まれてしまったんだ。私が助ける。あなたを守る。邪霊に連れて行かせはしない」

「あの、お待ち下さいまし。ちょっと話に付いて行けなくて……どういうことか最初から説明を」


 目を白黒させるリーリアの視界を、突如として炸裂した漆黒の閃光が灼いた。見えるもの全てが黒に塗りつぶされる。肌を撫でる空気が熱を帯びてかき回された。同時に、下から突き抜けるような振動と共に大地が揺らいだ。


「きゃあ!」

「……この力は……」


 よろめいた体を支えてくれた神が呟く。


「なっ、何ですの一体……っ!?」


 混乱しながらも、霊威による回復で視界を復活させたリーリアは、言葉を失った。


 爆風と轟音、そして燃え上がる黒炎を迸らせ、神官府の総本山が大炎上していた。

ありがとうございました。

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