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31.今も記憶に残る声

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


「ふぅ……。疲れましたわ」


 時刻は20の時より少し前。暗い空の斜め上に昇った月を見上げ、ひとりごちる。リハーサルを終えたリーリアは、その後も残務に追われた。それをどうにかこなし、今は足を引きずるようにして回廊を歩いていた。


「やはり演技場所が変わると、動きが微妙にズレますわ」


 元の予定では、21の時まで照覧祭のリハーサルを行うことになっていたが、帝都入りの緊張と慣れない場所で神官たちに疲労が見られたことから、休養を優先して早く切り上げた。


「催し前日は本番と同じ大広間で試演できる予定ですから、それまでに神官たちの動作を修正しておかなくては……」


 ぶつぶつ呟いていると、回廊に面した庭園から声が聞こえた。


(誰かいらっしゃいますの?)


 夜番の神官だろうかと目を向けると、初老の男女が何やら話している。


「ちょっとアンタ、もう暗くなったってのに、勝手に出歩いて大丈夫なのかい」

「なぁに、構うモンか。ちょっとした夜歩きだよ、夜歩き。誰にも怒られたりしねえさ、何たって俺たちは聖威師様になったんだぞ」


 ガハハと笑いながら、男が美しい庭園をのし歩く。不安そうにしていた女性も、それもそうかと納得したらしく、笑顔で男に続いた。


(今の言葉……この方々も聖威師になられたばかりなのでしょうか。アマーリエ様以降、新しい聖威師が誕生したという報は届いておりませんが)


 じっと視てみるが、男女から聖威は感じない。だが、それはリーリアとオーブリーも同じだ。得た聖威は、今はまだ魂の奥に秘められており、認証で認められれば表出するのではないかというのが祖父たちの予想だ。


(このお二人も認証がまだなのですかしら? ……それにしても、何て品のない方々なの。草花がメチャクチャですわ)


 散策用の小道はきちんと整備されているのに、花々の中を歩いている。庭園を踏み荒す男女を睨んでいると、向こうがこちらに気付いた。


「おやぁ? こんな所にいっとう綺麗な花が……お嬢さん、こんばんは。今夜は良い月だ」


 ニタニタと笑いながら、男が近付いて来た。推測が正しければ、こいつは旦那で女性が妻だろう。


「……ご機嫌よう」


 目をそらして答えると、男女はリーリアをジロジロと見た。


「帝都はベッピンな娘が多いなぁ。お嬢さん、俺は天下の聖威師様だ。俺の愛人になったら美味しい思いができるぞ」


 リーリアの背にゾゾっと寒気が走った。


「謹んでお断りします」

「遠慮するな」


 ガハガハと笑う夫の背を、妻が叩いた。小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「帝都の女なんか、見かけは綺麗だけど、甘やかされて育った箱入り娘じゃないか」

「だから良いんだ。キレイな人形になっていさえすれば、俺が可愛がってやる」


 大口を開けて笑う二人の歯が黒ずんでいる。虫歯なのか手入れをしていないのか分からないが、見ている方は不愉快だった。


(このような方々を見初める神がいらっしゃるなど、信じられませんわ)


 一歩足を引くと、神官衣の裾をつまんで美しい礼を取る。


「……私はこれにて失礼いたします」

「待てよお嬢さん。俺が泊まってるトコに来な、愉しませてやるよ」

「離して下さいまし」

(困りましたわ)


 テスオラでこのような被害に遭った時は、霊威か体術で実力行使に出ていた。悪鬼邪霊や妖魔などとも対峙することがある神官は、護身術や武術の習得が必須だ。戦闘訓練も受ける。だが、ここは帝国だ。しかも照覧祭の直前である。


(宗主国で余計な揉め事を起こしたくありませんのに)


 転移で逃げてしまおうかと思っていると、こちらに向かって伸ばされた男の手首が、横から鷲掴みにされた。


「汚い手でリーリアに触れるな」

「い、痛ぇっ!」


 ドクン、と心臓が跳ねた。凪いだ水面に清らかな雫が一滴落ちたような、静かで優しい声。

 何年も前に聞いてから、一日たりとも忘れることはない。


 高鳴る鼓動をそのままに、恐る恐る顔を向けたリーリアは、予想外の姿に双眸を瞬かせた。


「あなたは……焔神様の御随従の方」


 スラリとした長身に金髪碧眼の、美貌の青年。中央本府の神官と接見した際、首座の後ろに控えていた。だが、何故彼があの時の神と同じ声を持っているのか。自分の記憶違いだろうか。


「焔神!? 今降臨してるとかいう神か!?」


 男が裏返った声を上げる。


「リーリアに近付くな」

「ちょ……イタタタ!」


 青年に掴まれた手首がギシギシと不穏な音を立てている。再び発された静謐な美声を聞き、揺らぎかけていた自信が持ち直す。


(やはりあの時の神と同じ声ですわ)


 リーリア、と優しく自分を呼んでくれた声を、違えるはずがない。例え何年の月日が経とうとも。何故なら、あれが自分の初恋だったのだから。


「……愚かな罪人どもが」


 形良い唇からポツリを言葉が滑り出る。そして、男の手首を掴んでいるのとは逆の手で、庭園の先にある暗がりを指した。


「貴様らが行くのはあちらだ。脇の小道を進め。その身に相応しい舞台が待っている。……()()()()()()()()()貴様らにな」


 吐き捨てるように言い放ち、男の手を離す。赤く腫れた手首をさする男が、妻の女と共に喜色を浮かべた。


「おお、俺たちの素性をご存知でしたか。さすがは焔神の舎弟だ」

「無礼者、舎弟ではなく随従ですわ!」


 思わず鋭い声を上げたリーリアを、青年は手を上げて黙らせた。


「早く行け」


 こちらの声などまるで気にしていない女が、ウキウキと言う。


「良かったねアンタ、きっと主神様からのプレゼントだよ。アタシたちに相応しい舞台って何だろうねぇ」

「いっちょ行ってみるか。焔神の子分さんとやら、今度からはもうちょっと優しい力でお願いしますよ。何しろこっちは高位神の愛し子なんでね……へへへ」


 手首をわざとらしくさすった男が、醜く唇を歪める。


「こ、子分……!」

(何という言い草ですの)


 再び抗議しようとするリーリアだが、《何も言わなくて良い》という念話が脳裏に響いて口を閉じる。言うまでもなく、青年からの念話だ。視線を向けると、口を出すなとその眼差しが語っていた。


(このまま行かせろということですの?)


 困惑している間に、夫婦はドスドスと小道を踏み歩き、庭園の奥へ歩き去って行った。

ありがとうございました。

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