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23.リーリアの帝都入り

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


(ここが中央本府……)


 カツン、カツンと靴音を鳴らしながら、リーリアは磨き抜かれた床を歩く。


(西の宗主国、ミレニアム帝国の都に君臨する、全ての神官府の総本山)


「リーリア、気圧されるな。お前は来る次代において、この中央の(いただき)に君臨する存在となったのだ。我が家門の名を世界に知らしめるのだぞ」


 前を歩く祖父が言う。先に都入りしていた祖父は、リーリアが合流した祭、すこぶる機嫌が悪かった。何でも、メイデンの巨大フンが頭部に直撃し、体中がドロドロの激臭まみれになったらしい。


「それにしても、先程は酷い目にあったわい」

「お祖父様、メイデンは天よりの幸を運ぶ鳥ですわ。少しばかりアクシデントがあったからと言って、凶事だとは言い切れませんのよ」

「分かっておる」


 ブスッと答える祖父に、隣を歩いていた壮年の男性が嘲笑に近い声を浴びせた。


「いかにも、メイデンは格式高い瑞鳥。その聖なる羽根を賜った者は、素晴らしい幸福と富に恵まれると言います。しかし、下世話な話、排泄物となると……まあ、ご自身の行いの結果ではありませんかな」

「何だと、万年二番手に甘んじているマキシム風情が!」


 杖をドンと床に突き、祖父が侮蔑の表情を浮かべる。しかし、男性――テスオラ神官府の副主任神官にしてマキシム侯爵家の当主も、負けてはいない。


「それはもう過去の話。これより先は対等ですぞ。我が家門の嫡男オーブリーもまた、リーリアと同格の聖威師になったのですから」


 父が控えめに口を挟んだ。


「その件に関してはあまり口外になさいませんようお願いします。まだ認証前ですから」


 リーリアとオーブリーが神に見初められた事実を把握しているのは、現時点ではここにいる者達だけだ。

 祖父と父、マキシム当主が知っているのは、リーリアとオーブリーがそれぞれの主神から寵を与えられた時、彼らも同じ場にいたからだ。オーブリーが見初められた翌日にリーリアも寵を受けた。


「……ふん」


 マキシム当主は父を一瞥し、小さく鼻を鳴らした。その目にははっきりと侮りの色がある。老侯の陰で小さくなっているお飾りの主任が、と。


「分かっておりますよ、主任様。……オーブリー。お前はリーリアより4つも年上なのだから、色々と教えてあげるように」

「はい、父上」


 男性の横を歩いていた青年――オーブリーが気取った所作で一礼すると、シニカルな笑みでリーリアに流し目を送って来た。


(気持ちが悪いですわ)

「はっ。かつて御山(おやま)(あらい)の儀にて、その4つも年下の娘の足を散々引っ張った青二才が、何を教えるというのだ?」


 祖父が冷笑する。その言葉を合図に、リーリアの胸中にかつての記憶が去来した。


(御山洗の儀……レール山脈の浄化の神事ですわね)


 テスオラ王国第一の名峰にして霊峰、レール山脈。かつては清浄な気に満ちていたその山は、文明の発展に伴い人々に開拓され、徐々に神聖さを薄れさせていた。

 近年になってその状況が問題となり、6年前に御山復活の行事が実施された。天に祈念し、長きに渡って染み込んだ人間の想念を洗い流す神雨を請うたのだ。


 祈念の結果、驚くことに高位の神が応じてくれ、国家を挙げての一大祭祀として慈雨を賜る御山洗の儀が行われることになった。その際、地上の神官たちの総指揮を取ったのが、弱冠11歳のリーリアだった。


 並み居る大人の神官たちを取りまとめての大役は、胃が絞り抜かれるような重責だった。それでもどうにか切り抜けたが、あと一歩のところで窮地に陥った。主にオーブリーのせいで。


 マキシム家は指揮権争いでアヴェント家に敗れ、焦ったオーブリーは強引に神事の準備に介入したもののことごとく悪手を連発したのだ。

 そして、父も祖父もマキシム当主も知らぬことだが、最後の最後でトドメの大失態を演じ、何と高位神を怒らせた。絶体絶命になったリーリアを救ってくれたのは――


「……言わせておけば。大体、あなたはもう当主の地位をお譲りになられたでしょうに。前時代の遺物は大人しく引っ込んでいれば良いものを」


 頰に朱を走らせたマキシム当主が低く唸った声で、リーリアは回想から引き戻された。


「それを未だに首を突っ込んで来られるとは、軟弱……おっと失敬、ご繊細な当代がよほどご心配と見える。子に恵まれなかった父親は憐れなことですなぁ」


 父が困ったように俯き、弱々しい笑みを浮かべた。祖父のこめかみがピクリと脈打ち、杖がダンと下される。


 そろそろ止めなければまずい。ここを歩いているのは、代表で挨拶する自分たちだけだ。止めるなら自分しかいないと、リーリアが身構えた時。


「テスオラ王国神官府の方々ですね」


 宝玉を軽く触れ合わせたような声が響いた。

 長い廊下が終わり、磨き抜かれた大理石の床に変わる。その境目に立っていた若い少年が、スッと背筋を伸ばし、恭しく頭を下げた。


 息が止まるほどに美しい容貌を持つ少年だ。年の頃は12歳程度か。ふわふわの金髪に澄み切った優しい碧眼。白皙の肌、薄く色付いた唇。ほっそりとした肢体。天上の絵画から抜け出て来たような麗姿だ。


「本日はようこそ起こし下さいました。貴き御方のご指示により、お迎えに上がりました」


 リーリアたちは無言だった。誰もが皆、神のごとき美しさを持つ少年に見惚れている。


(この子は神官? いいえ、神官衣を着ていませんわ)

「いかがなさいましたか」


 淡い青白色の衣を纏う少年が小首を傾げ、ニコッと微笑する。これで落とせない者はいないと思うほどの、魅惑の笑みだった。

ありがとうございました。

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