20.当日を迎えて
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どれだけ動揺していても、聖威師の仕事は降りかかって来る。否応無くそれらに集中している間に時間は過ぎ去り、気が付けばテスオラ王国の帝都入り兼挨拶の日がやって来た。
当日は、朝から中々に波乱万丈だった。朝一で神器鎮静の仕事が入り、それが終わりかけたところに天威師との協同業務が突っ込まれたのだ。
それらをどうにかこなし、既にヘトヘトのアマーリエだが、自分にとっての本番はこれからだ。お昼にフレイム特製のスイーツを作ってもらい、今はどうにか気力を回復していた。
「聖威で衣を織り上げて、それを自分に纏わせるイメージを描くんだ。大きく深呼吸して、力を全身に行き渡らせて――よし、そこで解放!」
「はい!」
神官府に設えられた自身の執務室で、フレイムの声に合わせて力を練り上げる。紅葉色の聖威が全身から溢れ、無数の花びらとなって宙を舞う。それらは寄り集まってアマーリエの体に収束し、合わせて放たれたフレイムの紅蓮色の神威と絡み合いながら、美しいドレスとなって顕現した。
(うん、上手くできたわ)
アマーリエは内心で胸を撫で下ろす。
〝聖威師が照覧祭に出席する折には、神官衣は着用せず、自身の聖威と主神の神威で織り上げた衣を纏うこと〟
……という指示が天から下されたのは、照覧祭の開催が決まって少し経った頃のことだった。神官としてではなく、神側で参加していることを示すための措置だという。
「すごいじゃないか。初めてでこれほど見事なものができるとは」
「ええ、上出来です。細かい作業なので補助が必要かと思っていましたが、杞憂でしたね」
傍らで見守っていたアシュトンとオーネリアが、惜しみない賛辞を送る。
「本当にアマーリエの進歩は目覚ましい。今朝は立て続けに高難度の業務をこなしてくれた。天威師方も口々に、アマーリエの上達は素晴らしいとお認め下さっている」
赤い衣装を纏った姿を満足げに眺めながら、アシュトンが頷いた。
具現化したドレスは、アマーリエの痩身に合うスッキリとしたシルエット。紅葉と紅蓮の色が美しい螺旋のストライプを描いており、裾や袖口の揺らめきは、燃える焔の穂先か、咲き誇る大華の花びらのようだ。
「ユフィー、よく似合ってる。……けど、ちょっと地味じゃねえか?」
フレイムが少しだけ唇を尖らせた。アマーリエは苦笑しつつ夫を宥める。
「あくまで儀式の衣だもの。本当はローブにしたいくらいだったのよ」
正確には、照覧祭の開始は明日からだ。しかし、各神官府からの挨拶も照覧祭に付随した行事と位置付けられているため、天が指定した衣を着用することになっている。
「けれど、挨拶の時に婚姻祝いも述べられるだろうから、少し花嫁っぽさを取り入れてドレスにしたわ」
「お前が良いなら文句は無いけどよ。真面目だなぁ。もっと華美にすりゃ良いのに」
「これくらいでちょうど良いのよ」
とはいえ、上手く聖威を操れるか自信がなかった。その懸念を払拭させてくれたのは、何と天威師だ。少し前に、紅日皇后日香との協同任務が入った時のことである。
『やっほーアマーリエちゃん、調子はどう? 頑張ってるから成長が超速だって、皆褒めてるよ』
務めが終わった後で、気さくにそう切り出した彼女は、初対面時に被っていた猫をすっかり剥ぎ落としている。佳良や当真、フルードなどの話を聞くに、こちらが素らしい。聖威師になってから幾度か交流を重ねる内に、いつの間にかちゃん付けで呼ばれるようになっていた。
そのまま歓談した流れで、照覧祭の折には衣を作成するが力の操作が不安であることを話すと、皇后はキラーンと目を輝かせて言った。
『主神と力を合わせて作るんだ。良いね、素敵だね〜。そういうことなら私が教えてあげる!』
と、胸を張って豪語した彼女は、さっそく聖威の使い方を伝授してくれた……が。
『んーとね、聖威を体の外にとりゃりゃりゃ〜って出して、くーるくるっと衣っぽくしてくの。私の掛け声に合わせてやってみよう。はい、ひっひっふー、ひっひっふー』
大真面目な顔で指導してくれる皇后の教え方は、かなり独特だった。というか、何故かいきなりお産が始まった。
『と、とりゃりゃりゃ〜? くーるくる? …………ひっひっふー?』
どうすれば良いかさっぱり分からないアマーリエが目を白黒させる中、動いたのは皇后の義兄たる黇死皇だった。手が空いているからと、協同任務に同行して見守ってくれていたのだ。
『少し黙れ日香。そして退け』
気遣う眼差しをアマーリエに向けた黇死皇は、ノールックで皇后に肘鉄を入れて押し退ける。んぎゃー、と情けない悲鳴を上げて吹き飛んだ義妹を一顧だにせず、丁寧に教えてくれた。
『聖威を糸や紐、細い布のような形で顕現させ、それを縫い合わせるか織り上げる様を思い描けば良い。あるいは、一つ一つに糸を付けた上で細かな欠片として放出した聖威を、その糸を紡ぐ感覚でより合わせ、体に収束させる方法もある』
『あ……私の聖威は、花びらのような形で破片状にして出すことも多いです』
『焔の花か、そなたに合っている。ならば後者のやり方の方が良いな。――聖威を出してみよ。私が代行操作するゆえ、その際の感覚を記憶するのだ。案ずることはない、仮にそなたの力が乱れようとも、焔神ならば上手く導いてくれるであろう』
幸いなことに、黇死皇は指導上手だった。彼の手ほどきを受け、アマーリエは自信を持って今日の本番に臨むことができた。
(黇死皇様には感謝だわ)
胸中で改めて礼を述べながら、その場で一度クルリと回る。シンプルなラインのドレスが軽く翻った。目の前の姿見でチェックしても、おかしなところはない。
なお、髪型はハーフアップにしてバレッタを付けた。バレッタには、星降の儀の後祭でラミルファに下賜された玉を組み込んでいる。聖威で少し加工すれば簡単にできた。
「うん、違和感もないし、これでいけそう」
そう言ってニコリと微笑みかけると、フレイムは頬を赤く染め、胸を押さえてよろめいた。
ありがとうございました。