1.消えない悪夢
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『近付くな、無礼者!』
冷ややかな棘を帯びた声が、うっすらとした蒼穹の彼方に吸い込まれていった。アマーリエは呆然と、目の前にいる存在を眺めた。
年の頃は13歳か14歳ほどに見える少年が、眉を顰めてこちらを睨んでいる。寒気がするほどの美しさを持つこの少年は、人ではなく神だ――それも、とても高位の。
『貴様、何という恐ろしい気だ。反吐が出る』
凍り付いていた周囲がざわめいた。
(どうして、挨拶しようとしただけなのに……)
ひくひく震える喉を動かし、アマーリエは言葉を絞り出した。
「か、神様……私は何か失礼をしてしまいましたでしょうか?」
『失礼だと? 貴様の存在自体が目障りだ、疾く退がれ』
冷徹な声が見えない刃となり、足を踏み出しかけた進路を両断する。
「も、申し訳ありません、すぐに退がらせます」
バタバタと駆け付けた父に抱えられ、少年神から引き離された。少年の周囲に集う他の神々も、こちらに嫌悪の表情を向けている。
『そのおぞましい気を持つ娘を、二度と僕の前に出すな。気分が悪い、もう帰る』
言い捨てた少年神が踵を返す。神々がそれに倣い、トンと地を蹴った。瞬間、彼らの姿が煙のように消える。
『主、大丈夫か!』
『ご主人様!』
呆然と佇む人垣の向こうで、獅子の姿をした霊獣が二匹、こちらを見て心配そうな声を上げる。
「お前、お前は何ということを……有色の神をご不快にさせるとは」
この世の音という音を根こそぎ消し去ったような沈黙の中、アマーリエの耳朶に低い声が降りかかった。自分を抱える父の声だ。遠巻きにする人垣の中、口元を両手で覆った母が、憤怒の表情をこちらに向けている。
「お、お父様……でも、私にも何が何だか」
「黙れ! お前は何度俺を失望させるのだ、この役立たずが!」
叩き付けられた怒号は、アマーリエの心に刃物で斬り付けられたよりも深い傷を残した。
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