勇者は元魔王で、魔王は元勇者で ~追放されしふたりは、かくして共闘する~
「ということで、魔王様、今日であなたには消えてもらいます」
青天の霹靂とは、まさにこのことだ。今日も一日、のんびり玉座でふんぞりかえっているつもりだったのだが、いきなり四天王のひとりから、こんなことを言われたのだ。
最初は何を言っているのか、理解ができなかった。
「どういうことだ。チーキン」
余がすこしだけ圧のある声で言うと、チーキンは一瞬だけ怯えたような表情を浮かべたが、すぐに表情をもとに戻す。チーキンはこの四天王の名だ。余が名付けた。
「魔王様の時代は終わった、ということです」
「わけが分からん」
「では、私と闘いましょう」
「お前と? アイアンが相手ならば、まだ理解はできるが」
アイアンも四天王のひとりだ。四天王では一番強く、余がもっとも信頼を置いている。
「これはアイアン様からの命でもあるのです。魔王の首を取れ、と」
「舐められたものだな」
玉座から立とうとすると、うぐっ、と思わず声が出る。腰に激しい痛みを感じる。
「ははは、そうやっていつも座っているだけの自堕落な日々を送っているから、そうなるのです。年寄りにはさっさと退場してもらって、これからはアイアン様を魔王に、それを私が側近として支える、という形が望ましいのです。世界征服のほうも着々と進んでいますから、その頂点に立つ者は、それにふさわしい者がなるべきだ。分かったか、元魔王」
くそっ。もう、元、を付けやがった。しかし腰が痛くて、動けない。分が悪い。
「お前、育ててやった恩を忘れたのか」
「私は勝手に育っただけです」
チーキンに向かって炎の魔法を放つが、腰の痛みのせいか、威力は弱く。ダメージを受けている様子はない。チーキンが目の前に来て、剣を振り下ろそうとするので、余は慌てて瞬間移動の魔法を使った。
気付くと、余はぼろぼろの家屋の前にいた。
元気な時ならば場所を明確に指定して、移動することができるのだが、いまの余にその力はなく、無作為に選ばれた場所がここだった。そしてそこは余にとって懐かしい場所だった。魔界から地上へとやってきて、魔王城を建てたばかりの頃、余もいまとは違って精力的に動いていて、疲労が溜まってくると、側近の四天王も知らないこの家で、羽を休めていたのだ。ほとんどが部下任せになってからは来ることもなかったのだが……。
「んっ、ううっ」
と地面からうめくような声が聞こえた。びっくりして声のほうに顔を向けると、鎧を着た人間の青年が倒れていた。
殺そうか、と思ったが、どうせ余ももう魔王でもなんでもないのだ。明らかに弱そうだし、刃を向けてきた時だけ、対処でもすればいい。寛大すぎる、と自分でも思ったが、おそらくそう思ったのは、惨めなその姿がいまの余と重なったからかもしれない。
青年に回復魔法を掛ける。
「……ん、う、うん? あれ、生きてる」
「目が覚めたか」
「お、お前は。……ま、魔族か……!」
「あぁ、まぁそうだな。だが、いまのところ、お前に危害を加えるつもりはない。お前が襲ってきたりしない限りは」
「な、何故だ! そしてお前は何者だ」
「気まぐれだ。あと、余は魔王だ」
「ま、魔王だって」
「うむ」
「くっ、ど、どうせ死ぬなら道連れに」
「待て待て。だから危害を加えるつもりはないと言っただろ」
「そんなこと言ったって、魔王は人間の敵じゃないか」
「まぁそれはそうなんだが、言い方が悪かったな。余は元魔王なのだ」
「元……? どういうことだ?」
「さっき部下に魔王の座を乗っ取られた。だから厳密には、私はもう魔王ではないのだ。正直、いま人間のことなど、どうでもいい。どちらかと言うと、部下たちを根絶やしにしてやりたいくらいだ」
「そ、そうなのか。……俺も、元、なんだ。元勇者」
「勇者……? はて、余の聞いていた勇者とは、まるで人相が違うが」
「別の奴に変わったから。俺は一瞬で変えられたんだ。いま新しい勇者として旅をしている男は、俺の幼馴染で、元々は魔法に精通している奴だったんだが、いつの間にか剣も扱えるようになっていて、俺は勇者の座を奪われたんだ。王様からも、『無能は要らん』って言われて」
「しかし……」
「なんだよ」
「勇者というわりには、まったく強そうに思えないんだが」
「なんでか分からないんだが、俺は魔物と闘っても、まったく強くならないんだ」
「ふむ。……ちょっと気になったんだが、その手首の刻印は?」
「これは勇者としてはじめて旅に出る時、オルリー……あぁ、現勇者の幼馴染がお守りがわりに、って魔法で彫ってくれたんだ」
「それのせいだな」
「えっ」
「その刻印は、闘っても強くなれない呪いが込められている」
「なんで……」
「まぁ想像するなら、その現勇者の嫉妬というところかな。……で、どうする?」
「どうする、って?」
「その呪いを解いてやろうか」
「解いて、俺はこれからどうすればいいのだろうか」
幼馴染の嫌がらせを知ったショックからまだ立ち直れていないのだろう。元勇者は頭を抱えている。
「好きにすればいいが……お前が嫌じゃなければ、余と組むか?」
「組む?」
「余は元魔王として裏切った魔族を憎んでいる。勇者の代わりにでもなって、あいつらに復讐してやりたい。お前は現勇者や王様に憎しみもあるだろう。殺したいほどではなかったとしても、だ。お前が魔王の代わりを担ってくれると嬉しい。お互いの悲願が成就するまでの共闘。『元』同士、どちらの勢力にも付かない、第三勢力だ。強くなれるようになったお前を、余が鍛えてやる。どうだ?」
元勇者は悩むような素振りはしていたが、最後には頷いた。
そしてそこから余たちは、血の滲むような特訓をはじめた。このぼろぼろの家屋の中で。余は元々の力をもう一度取り戻すために、肉体を鍛え、その鍛えた余と、元勇者が毎日のように闘う。さすがに勇者に選ばれるだけあって、元勇者は凄まじい勢いで成長していった。余は肉体を鍛え、精神が研ぎ澄まされていったからか。外見も若い日の頃の姿に戻っていった。
長い月日を経て、余たちは復讐のため、ぼろぼろの家を後にする。
「ま、魔王様……あ、いや、違う。元魔王、その姿は」
チーキンが怯えたような表情で、余を見る。それはそうだろう。チーキンがもっとも余を恐れていた頃の姿を、いまの余はしているのだから。
「出世したものだな。チーキン。もう魔王みたいなものだぞ」
もう魔王城に残っているのは、四天王でもっとも弱かったチーキンだけだ。
他の四天王はすでに元勇者と、先に向かった人間の城で遭遇して、倒している。四天王と現勇者たちが闘っているところに乱入したのだ。両者ともに驚いていたが、まず四天王たちと闘うことにした。確かにそれなりに強いが、元々余が育てたようなもので、余と余と同等の力を持つ元勇者の力を持ってすれば、子どもと大人の闘いだった。簡単に倒した後、怯えた現勇者や王様のほうを見ると、彼らは土下座して命乞いをした。命を取らなかったのは、この元勇者が寛大すぎるせいだ。止められなければ殺していたはずだ。
残りは、魔王城で留守を任されていたこのチーキンだけだ。
炎の魔法を放ち、チーキンは灰になった。余の復讐はあっけなく終わってしまった。
「なぁ、ここまで実力差があるなら、そこまでしなくても」
「何を言っている。余は魔王だ。そんな人間のような倫理観は持ち合わせておらん」
「そうか……」
元勇者がすこしだけ悲しげな表情を浮かべる。その顔を見ていると、さすがにちょっとやりすぎたかな、とも思ってしまう。
「……で」余はその感情を振り払うように、元勇者に聞く。「これからどうする? もう世界は手中に収めたみたいなものだが」
「何も考えてなかったな」
「世界を半分こでもするか?」
「いや、別に要らないかな。あってもどうしていいか分からないし」
「無欲な奴だな。こう、なんか願い事とかないのか」
「うーん、なんだろう。ゆっくり過ごしたいかな。お前と。……あぁ、えっと変な意味じゃないぞ。女とか男とか関係なく、って意味で」
「お前は何か勘違いしているみたいだが、余に性別の概念はないぞ」
「とは言っても、ほら、まぁ人間的には色々とあるんだよ。どんどん若返っていって、同い年のくらいの女の子になられたら、さ。一緒の家に住むこっちの身にもなってくれよ」
「余は別に嫌じゃないが」
余がほほ笑むと、元勇者は顔を真っ赤にする。
「からかうなよ」
年齢はこっちが上だから、優位性はいつもこっちにある。
「しかし、ゆっくり過ごすか。良かったら、余の故郷でもある魔界なんかはどうだ。父に挨拶は必要になるかもしれないが」
「父……?」
「うむ。魔界に封印されている大魔王で、会話しかすることはできないんだが」
「大魔王……?」
「まぁ、余のことをだいぶ愛しているから、お前に怒って封印を破って暴れ出さないとも限らないが、まぁ余とお前のふたりがいれば、なんとかなるだろ」
余の言葉に、元勇者は冷や汗をかいていた。