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第8章 「不発に終わった飲みニケーション」

 しかしながら、私の提案は敢え無く不採用になってしまったの。

 どうやら既に葵ちゃんは、フレイアちゃんを励ます秘策を持っていたらしいんだ。

「だけどゴメンね、千里ちゃん。フレイアちゃんを励ますには御酒以上の特効薬があるって事、千里ちゃんも分かっているよね?」

「えっ、特効薬?」

 妙に意味深な目付きで私に応じた葵ちゃんは、御子柴高の制服である赤いブレザーの内ポケットをゴソゴソと探り始めたんだ。

 一般生徒だったら、学生服の内ポケットに収納しているのはスマホか生徒手帳が相場だろうね。

 だけど人類防衛機構関係者には、そんな一般論はあまり当てはまらないんだ。

 何しろ特命遊撃士も特命機動隊も、軍務に携わる公安系公務員だからね。

 私達が着用する遊撃服や、それに準じる特注品の学生服は、謂わば市街戦における戦闘服。

 地方人には単なるスマホや手帳の収納スペースでしかない上着の内ポケットも、私達にとっては生命線とも成り得る重要な所なんだよ。

 自動拳銃やトレンチナイフといった補助兵装を収納している子も多いし、プラスチック爆弾や手榴弾といった爆薬類を忍ばせている子も少なくないよ。

 そうした武器弾薬類は勿論だけど、生体強化ナノマシンや強化薬物のアンプルを有事に備えて忍ばせている子もいるんだ。

 斯く言う私だって、遊撃服の内ポケットにはモバイルバッテリーを忍ばせているからね。

 軍用スマホやタブレットは勿論の事、私が個人兵装に選んだレーザーライフルの充電にも使える優れ物だよ。


 だけど葵ちゃんが内ポケットに忍ばせているのは、それらの装備品とは別カテゴリーの品物だったんだけどね。

「ほら、見て!これがフレイアちゃんに最適な特効薬だよ!」

 そうして勿体付けた様子で私達二人に突き付けたのは、支局の高層階に設けられた宿直室のルームキーだったの。

 我が人類防衛機構の宿直室はシャワーやバスは勿論の事、BS放送やビデオオンデマンドにも対応した液晶スマートテレビまで完備されているから、ちょっとしたビジネスホテルみたいに寛げるんだよ。

 だけどあまりにも快適だから、宿直室を特殊な目的に使っちゃう子達も少なくないんだよね…

「十七階の角部屋だから大小路のライトアップも綺麗に一望出来るよ、フレイアちゃん。堺市内の夜景を眺めながら、私と一緒に楽しく遊んでみない?」

 そして葵ちゃんとフレイアちゃんの二人も、特殊な使用目的における宿直室のヘビーユーザーなの。

 宿直室に泊まって支局から朝帰りするだけならまだしも、「休憩」と称して二時間だけ借りた宿直室に連れ添って籠もっちゃうんだもの。

 二人っきりで何をしているかは、もう自明の理だよね。

 とはいえ人類防衛機構は女所帯だから、そういう関係になっちゃう子達が一定数いるのは自然な事なんだろうな。

「クリスマス・イブに一泊予約したのと同じ宿直室で、今宵は予行演習と洒落込もうよ。流石にシャンパンは用意してないけど、ボトルキープのブランデーが残ってるからムードは大丈夫だよね?」

「あ…葵さん…」

 掲げたルームキーをヒラヒラと揺らす葵ちゃんの手付きに、フレイアちゃんは思わず言葉を詰まらせてしまったんだ。

 西洋人形を思わせる白い美貌がみるみる赤くなっていく辺り、頭の中は葵ちゃんとの熱い一時の事で一杯なんだろうな。

「付け加えておくけど、この下に付けているのは酒保で買った赤の総レースだからね。こないだ宿直室で一緒にお泊りした時に、フレイアちゃんが褒めてくれたでしょ?あの夜以上に大胆な事をしても構わないから。」

 大胆な事を言っているのは誰なんだろうね、葵ちゃん。

 恋人同士で過ごすクリスマスとか、勝負下着とか。

 幾ら何でも、赤裸々過ぎるんじゃないの?

 こうして傍で聞いてる私まで、照れ臭くなっちゃうじゃない。

 しかしながら、私以上に衝撃を受けている人も当然いる訳で…

「は…はあ、葵さん…あの日の逢瀬以上の振る舞いに及んでも、お許し頂けますの?」

 もうフレイアちゃんったら顔が真っ赤っ赤じゃないの。

 想い人である葵ちゃんの露わな姿を始めとする諸々を想像し過ぎて、オーバーヒートを起こしかけているんじゃないかな。

 しかしながら、葵ちゃんの御誘いがフレイアちゃんを大いに元気付けた事だけは確かだったみたいだね。

「喜んで御受け致しますわ、葵さん!据え膳食わぬは防人乙女の恥。存分に享受させて頂きますわ!」

 もうすっかり上気した顔で、葵ちゃんにしなだれかかっているんだもの。

 要するに本当の特効薬はルームキーじゃなくて、葵ちゃんの若くて瑞々しい肢体の方なんだよね。

「そういう訳だからさ、千里ちゃん。三人で飲みに行くのは又の機会にしようね。その時の為に、良い店を下見しといてよ!」

 抱き寄せた葵ちゃんの腰を執拗に撫で回すフレイアちゃんに、それを上手にいなしながら破顔一笑とばかりに口角を上げて手を振る葵ちゃん。

 色んな意味で個性的な二人だけど、私にとって大切な友達である事に変わりはないよ。

「アハハ…そうなんだ。それじゃ二人とも、どうぞごゆっくり…」

 葵ちゃんと同じように笑って手を振りながら見送っちゃったけど、こんな見送りの挨拶で良かったのかなぁ。

 とはいえ「お疲れの出ませんように」だと、あの二人がこれから何をするのかを否応なしに連想しちゃう訳だし。

 この分だと、さっきの一件は私の中で尾を引きそうだよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] アハハ(;'∀') こいつぁ余計な事は言えないぜ(;'∀')
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