第6章 「友への思いは序列をも越えて」
そんな葵ちゃんは、フレイアちゃんの意外な失敗を誰よりも気にしていたんだ。
「どうしちゃったの、フレイアちゃん?あんな失敗、フレイアちゃんらしくないよ。」
「ああ、葵さん…御気付きで御座いましたの…?」
何しろ模擬面接の講義が終わるやいなや、開口一番にフレイアちゃんへ問い掛けたんだからね。
とはいえ、それも無理は無いだろうな。
何しろ葵ちゃんとフレイアちゃんは大の仲良しで、何をするにも一緒なんだから。
私も含めた特命遊撃士の大半は軍服である白い遊撃服に袖を通しているのに対して、葵ちゃんとフレイアちゃんの二人だけは赤いブレザーとダークブラウンのミニスカを着ているでしょ。
あれは二人の在籍校である堺県立御子柴高校の制服なんだけど、一般生徒の制服とは仕様が違っていて、遊撃服と同じ特殊繊維を用いた特注品なんだよ。
キチンと申請さえすれば一般生徒と同デザインの学生服を着て軍務に参加出来るけど、特注品の学生服は遊撃服と違って量産出来ないからコストが掛かっちゃうんだ。
そうした申請の手間や出費も厭わずに御揃いの赤ブレザーで登庁しているのは、葵ちゃんとフレイアちゃんの友情の証なんだよ。
それに葵ちゃんの個人兵装である可変式ガンブレードには、フレイアちゃんのエネルギーランサーとの合体機構が搭載されていて、ガンブレードランサーという巨大な合体兵装としても運用出来るんだ。
だけどガンブレードランサーの性能を充分に活かすには、運用する二人の息がピッタリと合わなければいけないの。
そんなピーキーな個人兵装を任されている事からも、葵ちゃんとフレイアちゃんの絆の深さがよく分かるよね。
だからこそ葵ちゃんは、フレイアちゃんの異変を放ってはおけなかったんだ。
「何か悩み事でもあるの、フレイアちゃん?私で良かったら相談に乗るから、遠慮なく何でも言っちゃってよ。」
「はあ、葵さん…」
葵ちゃんの問い掛けに応じるフレイアちゃんの声色には、普段の自信と気迫が感じられなかったんだ。
これじゃ、まるで養成コース時代の英里奈ちゃんみたいじゃないの。
御子柴高校一年A組のクラスメイトとして、そして何より同期の特命遊撃士として、見過ごす訳にはいなかいね。
私なりに何時でも力になれるように、事態の推移をキチンと見据えなくちゃ!
だけど現状では、どうやら私の出る幕はなさそうだね。
それと言うのも、フレイアちゃんへのカウンセリングは葵ちゃん一人で充分に事足りそうだったからなんだ。
「実はですね、葵さん。私、模擬面接の折にふと気掛かりな事に思い当たってしまいまして…」
「そっか…何か気掛かりな事があったんだね。打ち明けてくれて嬉しいよ、フレイアちゃん。」
心を開いて打ち明けてくれた事への感謝の意と、相手の打ち明け話をキチンと聞く姿勢。
この二つを自然と出来ているんだから、葵ちゃんもなかなか人間が出来ているよね。
もしも葵ちゃんが晴れて佐官に昇級したら、きっと部下の話にキチンと耳を傾けられる聞き上手の上官になるだろうな。
「ところでさ、フレイアちゃん。それって面接に関わる事なの?それとも、佐官への昇級に関わる事なの?」
「両方で御座いますわ、葵さん。もしも昇級試験で私だけが落ちてしまった場合、葵さんと私の関係性には『上官と部下』という意味合いが生じて来るのでしょう?そうなった場合、今までのように懇意な間柄でいられるのやら…」
絞り出すように吐露されたフレイアちゃんの悩みは、私にも理解出来る物だったの。
私も昏睡状態から回復した時には、英里奈ちゃん達に階級を追い越された事に随分と驚かされたし、戸惑ったからね。
だけど、そういうのは取り越し苦労に過ぎないんだ。
本人が考えている以上に、世の中ってのはなるようになる物だし、周囲の人間は些細な事を気にしないんだよ。
そしてそれは、葵ちゃんだって例外じゃなかったの。
「少佐に昇級した私が、准佐のフレイアちゃんに偉そうに振る舞うかも知れないって?ヤダなぁ、そんな事する訳ないじゃない。」
キョトンと拍子抜けしたのも束の間、葵ちゃんは吹き出すように笑い始めたんだ。
腹を抱えて、身を捩らせて。
もう可笑しくって仕方ないって感じだね。
「笑い事では御座いませんわ、葵さん!どれだけ私が思い悩んだ事か…」
「まあまあ、落ち着いてよ、フレイアちゃん。確かに吹き出しちゃったのは謝るけど、そうカリカリせずに私の話を聞いて欲しいんだよね。」
身を乗り出して不平を垂れ流すフレイアちゃんと、至って落ち着いた口調で宥める葵ちゃん。
そんな二人の様子は、見事なまでに好対照だったね。
「フレイアちゃんは私だけが佐官に昇級するのを心配していたけど、そうとは限らないんじゃないかな?私が昇級試験に落ちて、フレイアちゃんだけが昇級する。そういう可能性だって当然あるんじゃない?」
「あっ、それは…」
至って冷静な指摘に、フィンランドの公爵令嬢も言葉がないみたいだね。
二の句が継げないとは、正しくこの事だよ。
「だけどフレイアちゃんは、その事については心配していなかった。それは恐らく、フレイアちゃんに自信があったからなんだと思うの。『もし自分だけが昇級しても、決して友達に威張り散らすような真似はしない』って自信がね。」
「勿論ですわ、葵さん。たとえ上官と部下の間柄になったとしても…私にとって葵さんは、葵さんに変わりは御座いませんわ!」
ピンク色のストレートヘアを腰まで伸ばした少女士官を見つめるフレイアちゃんの視線は、切なくも熱っぽい。
葵ちゃんに向けたフレイアちゃんの思慕の情が如何に熱くて強い物なのかが、これだけで一目瞭然だね。
「それは私も同じだよ、フレイアちゃん。上官になろうと部下になろうと、私にとってフレイアちゃんが大切な友達だって事は、決して変わらない。公的な序列と個人間の友情は、矛盾なく両立出来るんだよ。」
普段のホワホワと明朗快活な葵ちゃんとは対照的な、生真面目で真剣な言い回しだね。
要するに、それだけ葵ちゃんがフレイアちゃんとの仲を真剣に考えているって事なんだろうな。