第20章 「初心を忘れず前へと進め。」
ヘルメットのバイザーを下ろして胸を撫で下ろしたのも束の間、私は信じられない物を目にしたんだ。
「うっ!こ、これは…」
何と驚くなかれ、鱗粉のかかった街路樹の葉っぱから白煙が上がっているじゃない。
そして鱗粉のかかった葉っぱは瞬く間に朽ち果て、枝からポロっと取れちゃったんだ。
私は専門家じゃないから詳しい事までは分かんないけど、この化学反応が有機物にとって好ましい物じゃないって事だけは自信を持って断言出来るよ。
そして、そんな危険な鱗粉を撒き散らす毒蛾怪人を野放しにする訳にはいかないって事もね。
「ここは小職に御任せを、吹田千里准佐。ヘルメットのバイザーを遮光モードへ御切り替え願います!」
「その分だと名案があるみたいだね…よし!やってみなよ、西来天乃中尉。」
索敵モードから遮光モードへバイザーの機能を切り替えながら、私は自信満々な天乃ちゃんに太鼓判を押してあげたんだ。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ。
第二次世界大戦中は帝国海軍連合艦隊の司令長官として枢軸国の侵略を防がれ、戦後は海軍大臣として辣腕を振るわれた山本五十六元帥の格言は、幹部将校を目指す私としても見習いたい御言葉だよ。
「貴官の行動の責任は、この吹田千里准佐が負わせて貰うよ!何も心配せずに、大船に乗ったつもりでやっちゃって!」
「はっ!有難き幸せであります、吹田千里准佐!ハイビーム点灯、赤色灯回転!哨戒用サーチライト、前方へ照射!」
勇ましくも折り目正しい答礼から間髪入れず、武装サイドカーに搭載された様々な光源が一斉に点灯された。
その明るさたるや、私達二人の周囲だけがたちまち昼間になったみたいだよ。
さっきまで相応に存在感を発揮していた街灯のLED灯が、今じゃもうまるで問題にならないね。
天乃ちゃんが遮光モードにしろと言ったのは、これのためだったんだ。
「ギギッ!」
そして夜の暗闇を煌々と照らすハイビームとサーチライトの輝きを察知した次の瞬間、毒蛾怪人は急旋回してこちらへ飛び掛かって来たんだ。
光源目指して脇目も振らずに突っ込んでくるその有り様は、正しく「猪突猛進」って四字熟語その物だね。
「今であります、吹田千里准佐!」
「よし来た、西来天乃中尉!目標捕捉!距離良し、角度良し!レーザーライフル、撃ち方始め!」
愛銃を構えて照準を合わせたら、後は引き金に力を加えるだけ。
空気の焼ける独特の芳香を伴って銃口から飛び出した真紅の光芒は、夜の帳を切り裂きながら美しい軌跡を描いて宙を飛び、そのまま毒蛾怪人の眉間に着弾した。
「ギッ…!」
断末魔の瞬間に上げた短い呻き声は、顔全体が爆ぜる時の炸裂音に掻き消されてしまった。
そうして頭部を失った毒蛾怪人の身体は、手足の関節をデタラメに動かした為にバランスを著しく崩し、そのまま路面に接触して墜落してしまったんだ。
オマケに急旋回後の突進で勢いが付き過ぎてしまったのが災いして、アスファルトの路面で豪快に擦り下ろされちゃったんだよ。
かくして巨大昆虫軍団の最後の一匹である毒蛾怪人は、擦り下ろされたミンチ肉と体液の堆積物と化して永遠に沈黙しちゃったんだ。
辛うじて原型が残っているのは、触角や節足の切れっ端位かな。
「ありゃりゃ、ものの見事にグッチャグチャになっちゃったね…にしても強い光に誘き寄せられるとは、やっぱり毒蛾の子は毒蛾って事なのかな?」
「彼奴が毒蛾の習性を持ち合わせているのならば、強烈な光源で誘き寄せる事も出来るのかも知れない。小職なりの思い付きではありますが、どうやら功を奏したようでありますね。」
どのように逃げるか分からない相手を追うのは骨が折れるけれども、上手く誘導出来るならば待ち構えているだけで良い。
そんな西来天乃中尉の機転と着想は、全くもって素晴らしい物だったよ。
「しかしながら、羽化した彼奴を一撃で仕留める事が出来たのも、狙撃手である吹田千里准佐の卓越した腕前があってこそ。眉間を一撃で粉砕したレーザーライフルの精密射撃、間近で拝見させて頂きました。御一緒出来て光栄であります、吹田千里准佐!」
「え、ええ…?そう言われると照れちゃうな、天乃ちゃん…」
オマケに相手の長所を見定める観察眼と目上の人を立てる奥床しさもキッチリ持ち合わせているんだから、本当に侮れないよね。
間違いなく天乃ちゃんは、組織の中で出世出来るタイプだよ。
そんな優秀な天乃ちゃんからも色々な事を学んで、私も更なる成長と飛躍を遂げたい所だね。
よし、それなら…
「どうかな、天乃ちゃん?夜勤が明けたら朝酒と洒落込んでみない?堺銀座の『海原水産』なら、一日中営業しているし…勿論、私が奢ってあげちゃうから!」
「お誘い頂き恐悦至極であります、吹田千里准佐。この西来天乃中尉、喜んで御相伴に与りたい所存であります。」
打てば響くような素直で気持ち良い返事だね、西来天乃中尉。
きっと人類防衛機構へ入隊して間もない頃の私も、こんな感じだったんだろうな。
ここは一つ、若き士官と交流して初心を思い出してみるのも良いかもなぁ。
新しい年を迎えるにあたっても、そして少佐という新しい段階へ踏み出す為にもね!
「とはいえ小職達の現状と致しましては、此度の事件の調書作成が先決でありますね。」
「それと毒蛾怪人の死体処理にも立ち会わなきゃならないし…まだまだ夜勤シフトはこれからなのかも知れないね、天乃ちゃん。」
未来への希望に燃えていた所から、一気に現実に引き戻された。
そんな感じは否めないけど、ロマンばかりじゃなくてキチンと地に足もつけとかなきゃいけないのが公安系公務員の難しい所だよ。
さあ、気合いを入れて頑張りますか!




