第19章 「毒蛾怪人、飛翔せり」
かくして昆虫怪人掃討作戦に従事する私と天乃ちゃんは、木枯らし吹き抜ける師走の町を血眼になって武装サイドカーで直走ったの。
仕留めるべき仇敵は、未知の力を秘めた恐怖の毒蛾人間。
私達は各地に点在する蟻怪人の残党達を仕留めながら、ナノマシンで強化改造された肉眼や軍用スマホのレーダー等を駆使して索敵に意欲を燃やしたんだ。
そんな私達の弛まぬ努力が、ついに報われる時が訪れたんだよ。
高架の真下を鈍重そうな足取りで必死に走る、一匹の昆虫怪人。
その幼虫を彷彿とさせるズングリとしたフォルムは、今まで倒してきた蟻怪人とは明らかに一線を画していたんだ。
「見てよ、天乃ちゃん!あれって毒蛾怪人の幼虫じゃない?!」
「小職も同感であります、吹田千里准佐。ここで彼奴の息の根を止め、全ての禍根を絶つ事に致しましょう!」
力強く頷く若き特命遊撃士の闘志に応じるかのように、武装サイドカーのエンジンが回転数を上げて一気に加速する。
そうして間合いを一気に詰め、標的を射程圏内に捉えたんだ。
「目標捕捉、撃ち方始め!」
手元の僅かな操作と気合い充分の号令から間髪入れず、フロントカウルから迫り出した機銃砲が軽やかな銃声を轟かせる。
赤々と輝くマズルフラッシュの閃光と跳弾の軌跡が、空気の澄んだ冬の夜の闇に映えて実に美しい。
「ブギッ、ギイッ?!」
対照的に見苦しいのは、機銃掃射を食らってよろける幼虫怪人の姿だった。
身体の各所に穿たれた銃創から汚らしい体液を噴き出し、只でさえ鈍重な足取りが一層に乱れて蹈鞴を踏む。
たとえ致命傷は免れていたとしても、手傷を負った今の有り様で彼に何が出来るのだろう。
当時の私は、そう思っていたの。
今にして思えば、早計だったけどね。
「これで決める!ソニックダガー!」
きっと天乃ちゃんも、同じように考えていたんだろうね。
伝家の宝刀とばかりに取り出した個人兵装を構えた横顔には、一片の迷いも逡巡も無かったんだ。
「喰らえっ、ソニックブーム!」
夜の闇に怪しく輝くソニックダガーから迸った衝撃波が、無様に蹈鞴を踏む幼虫怪人へと一直線に突き進む。
避けられる距離ではなかった。
手応えだって確かにあった。
現に幼虫怪人のズングリとした身体は、腰の辺りからザックリと切り裂かれていたのだから。
「むっ…?」
それにも関わらず、ソニックダガーを構えた天乃ちゃんの端正な美貌に莞爾の微笑は浮かばなかった。
代わりに去来するのは、違和感に基づく疑念だったの。
「こ、これは?!」
母親譲りの美しい銀髪の下で輝く緑色の瞳が、驚愕に見開かれる。
その視線の先にあるのは、腰の辺りでザックリと切り裂かれた幼虫怪人の断面だった。
その断面がみるみるうちに広がり、中から何かが露わになっていく。
毒々しい程に鮮やかで、悪魔的なまでに美しい。
それは正しく、羽化する毒蛾の翅だったの。
「違う、コイツは…」
「中で蛹になっていたんだ!」
私達二人の叫び声を合図と見做したのか、成虫と化した毒蛾怪人は一気に羽化を完了したんだ。
硬化した蛹の表皮を破り、禍々しき異形が産声を上げる。
そうして完全変態を遂げた昆虫人間が、遂にその全容を露わにしたんだ。
辛うじて二足歩行は出来そうだったけれども、細長い手足の目立つ痩身は人間のフォルムとは随分とかけ離れていた。
その華奢な背中には目玉を思わせる美しい模様の浮かんだ大振りの翅がニョッキリと生え、毒蛾怪人としての個性をこれ以上ない程に誇示していた。
二本の太い触覚が生えた頭部には青い複眼が輝き、その下にはストロー状の口が自己主張をしていたの。
余りにも人間離れした、グロテスクな異形の顔。
そこに表情を読み取るのは、困難極まりなかったね。
だけど相手が野生の本能に基づいて動いているのなら、ある程度は推察出来る事もあったんだ。
あの毒蛾怪人が現在何を考えていて、これから何をしようとしているのか。
それは指し詰め、生命を脅かす天敵への警戒心と危険からの回避行動って所だろうね。
そして、それはどうやら正しかったみたい。
「キキッ、キキッ!」
やがて毒蛾怪人は巨大な羽根をパタパタと揺らし、ゆっくりと上昇を始めたの。
まるで蓄光素材で出来ているかのように青白く光る粉を、パラパラと撒き散らしながらね。
「むっ…吹田千里准佐、これは!」
「いけない!鱗粉だよ、天乃ちゃん!」
やれやれ、ビックリしちゃったなぁ…
慌ててヘルメットのバイザーを下ろしたから良かったけど、あんなのをウッカリ吸い込んで何かあったら洒落にならないからね。