第18章 「新局面!空飛ぶ毒蛾人間」
そういう訳で私達が拝命した昆虫怪人掃討作戦は、今や残党狩りの段階へと移行していたんだ。
もっとも、気を緩めるつもりなんて毛頭ないんだけどね。
烏合の衆と化した兵隊蟻は問題にならないとしても、師走の昆虫騒動はまだ終わっていない。
何となくだけど、そんな確信めいた予感があったの。
小学生の頃に覚醒させた特殊能力サイフォースか、或いはその根源たる肥大化した脳松果体か。
そのどちらかか両方かが、第六感に働きかけているのかもね。
その直感が正しかったと思い知らされたのは、私達と同様に巡回パトロールから掃討作戦に移行した同僚からの入電だったんだ。
「和歌浦マリナ少佐より、全車へ。毒蛾に酷似した昆虫怪人と交戦の後、このうち雌の個体の排除に成功。飛行能力を有し、有毒性の鱗粉と走光性を特徴と備えている模様。総員、残る雄の個体に注意されたし!」
「えっ!今度は毒蛾だって?!」
マリナちゃんから入った今の通信は、私としてはちょっと無視出来ないよ。
何しろ私と天乃ちゃんは、一連の騒動の発端となった蝉怪人の第一発見者なのだからね。
「聞いての通りだ、吹田千里准佐。貴官が発見した蝉の昆虫怪人は既に死亡していたが、こちらはまだ生きていたんだ。敵の走光性を逆手に取った生駒少佐がレーザーランスの光で誘き寄せ、そこをダムダム弾の精密射撃で翼の付け根を破壊する。その方法で仕留めたんだが、雌がいるなら雄が存在しても不思議じゃないだろう。」
得物のレーザーランスで毒蛾怪人を誘き寄せるだなんて、英里奈ちゃんもやるもんだね。
街灯や門灯へ蛾が群がっているのは確かによく見かけるけど、この習性は巨大な毒蛾怪人にも残っていたんだ。
「何しろ件の昆虫怪人は、成人男性並の巨体だろう。市街地を好き勝手に飛び回られた挙げ句に電線に絡まれたら、大惨事を引き起こしかねないからな。」
「はっ!仰る通りであります、和歌浦マリナ少佐。それで信号トラブルや停電が起きてしまっては、一大事でありますからね。」
同期生兼上官の声に頷きながら、私は数年前に起きた停電騒動の惨憺たる有り様を思い出していたんだ。
これは私達が小学校高学年の頃の話だけど、近畿地方へ接近した台風の影響から堺県の一部で停電が発生しちゃったんだよ。
私達の住んでいる堺市の辺りは大丈夫だったんだけど、和歌山との県境に位置する一部は大変だったらしいの。
何しろ、電気は止まるわ携帯電話の電波は届かないわの大騒ぎでしょ。
特に河内長野の滝畑地区を始めとする一帯は、山間部という立地条件も相まって一時的に陸の孤島になっちゃったんだ。
不幸中の幸いと言うべきか、的確な避難誘導が功を奏して人的被害も大きなパニックも無かったのは何よりだったね。
だから道路や電線の復旧工事が完了したと同時に、ほぼ完璧に平時の日常が取り戻されたんだ。
堺市西区は市街地だから復旧工事も迅速に手配出来るけど、それは裏を返せば停電で被害を被る人がその分だけ多いって事になる訳でしょ。
この寒空の下でエアコンや床暖房が使えないのは常人には耐えられないだろうし、この時期に放送されている年末特番を毎年楽しみにしている人も沢山いるはずだよね。
私だって小学生の頃には、十二月に放送される「大晦日だよ、バケねこん!年忘れスペシャル」を毎年楽しみにしていたんだから。
そんな無辜の地域住民達が穏やかに過ごす師走の夜を守る為にも、毒蛾怪人の引き起こす停電トラブルは是が非でも食い止めなくちゃいけないよ。
そうして危機感を募らせる私だったけど、我が優秀な部下である西来天乃中尉の危機意識はより高次の問題を懸念していたんだ。
「毒蛾怪人が電線に絡まっただけならば、まだマシであります。停電とそれに伴う社会インフラの不安定化は深刻ではありますが、それでも小職が懸念する今一つのシナリオに比べれば軽微な被害でありますね。」
「と…と言うと?」
正直に言って、その先を聞くのは怖かったよ。
だけど地域社会の守り手である特命遊撃士として、この聡明な部下の懸念を聞かない訳にはいかなかったんだ。
「真に厄介なのは、感電して火だるまと化した毒蛾怪人が市街地を闇雲に飛び回ったケースであります。往来への被害や家屋への類焼といった、深刻な副次的被害が懸念されます。特に空気の乾燥した今の時期は、僅かな火種が大きな類焼へ直結する事も考えられますね。」
「そ…そうだよ、天乃ちゃん!人間サイズの物体が火の玉になって民家に飛び込んだら大火事になっちゃうし、走行中の自動車にでも突っ込んだら玉突き事故だって有り得るんだよ!」
サッと血の気が引いて鳥肌が立っちゃったけれど、正確に的を射た天乃ちゃんの懸念は私の気を引き締めるのに大いに役立ってくれたよ。
昔から「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」と言うけれども、若くて優秀な部下からの的確な指摘というのも本当に有り難いね。
「そうした事態を防ぐ為にも、速やかに敵対勢力を排除しなくちゃね!よろしく頼むよ、天乃ちゃん!」
「はっ!承知致しました、吹田千里准佐。この西来天乃中尉、虫けら如きに後れを取る腰抜けではありません。」
礼儀正しくも力強い返答には、私も心強くなっちゃうよ。
中尉である天乃ちゃんの手本となるように、私も上官として格好良い所を見せないとね!