第16章 「害虫駆除に少女は走る」
かくして私達の任務は、歳末特別警戒の一環である巡回パトロールから実戦の治安維持活動へと速やかに移行されたんだ。
そして私達が挑む今回の相手は、堺市西区を中心とするエリアに突如として現れた昆虫怪人軍団。
平和に生きる市井の人達の中には、節足を備えた虫系統の姿を目の当たりにしただけで怖気を催してしまう向きも少なくないだろうね。
だけど人類防衛機構の掲げる正義の御旗の下に集いし私達の中は、虫けら相手に竦み上がるヒヨッコなんて只の一人もいないんだよ。
何しろ人類防衛機構の前身となった大日本帝国陸軍女子特務戦隊が命懸けで戦った相手である珪素獣は、甲殻類や節足動物の特徴を備えた敵性生命体だもの。
これで昆虫怪人を相手に尻込みなんかしようものなら、ユーラシア大陸の戦場で珪素獣を向こうに回して立派に戦われた先輩達に会わす顔が無いって物だよ。
そしてそれは、私と天乃ちゃんも例外ではなかったんだ。
自分で言うのもアレだけど、いつもの作戦行動よりもかっ飛ばしていたんじゃないかな。
軍用オートバイや武装サイドカーを始めとする戦闘車両に乗っている時の疾走感や高揚感って、やっぱり侮れないよね。
何しろ士気とか闘争本能といった色々な感情が、青天井で爆上がりだもの。
「些か手荒な運転と相成りますが御容赦下さいませ、吹田千里准佐!」
「よしきた!心得たよ、天乃ちゃん!兵隊蟻の連中を思いっ切り撥ねちゃって!何だったら、メッチャクチャに轢き殺してやっても構わないからさ!」
部下の尉官に対する応答も、こんな感じなんだもの。
そんな私の軽口に答える代わりに、天乃ちゃんは小さく頷きながら器用にスロットルを開いたんだ。
その巧みなアクセルワークに応じるように、私達の騎乗した武装サイドカーはエンジンの回転数を一気に上昇させたの。
そしてアスファルトとタイヤが軋むスキール音を豪快に轟かせて、夜の帳が下りた街を右往左往する蟻怪人の群れ目掛けて襲い掛かったんだ。
「ええいっ!」
「ギキッ?!」
そうして涼やかな裂帛の気合いから数秒遅れて、聞くに耐えない醜悪な悲鳴が轟いたんだ。
充分な加速の付いた武装サイドカーの車体は、正しく疾走する鋼鉄の凶器だね。
そして、その戦果も上々だよ。
単車のフロントカウルと側車のボンネットに衝突した二体の蟻怪人が豪快に吹き飛び、転倒した一体が側車の車輪に轢き潰されていったんだ。
「ギキッ?!」
黒い外骨格が高速回転するタイヤによってメキメキと轢き潰されていく音に混じって、苦悶に満ちた断末魔の呻きが聞こえてくるよ。
蟻怪人を何体轢き殺した所で、車体も駆動系もびくともしない。
流石は人類防衛機構の武装車両だけあり、至って堅牢に出来ているよ。
だけど輪をかけて素晴らしいのは、天乃ちゃんの巧みなバイクスタントとナイフ戦闘術だね。
何しろ右手と両足だけで、武装サイドカーの操縦を見事にこなしているんだから。
そうして空いた左手で握るは、今は人類防衛機構の高官として出世された御母堂から受け継いだソニックダガー。
高周波で振動する刃が街灯の光にギラリと照らされる様が、痺れる程に絵になるよね。
「まだ生きてる…だけど、こうして急所を抉ってやれれば!」
「ギイイッ!?」
そうして夜目にも鮮やかなソニックダガーの白刃が的確に急所に差し込まれ、未だ死に切れなかった蟻怪人は忽ち事切れちゃったんだ。
人類防衛機構極東支部近畿ブロックにおいても屈指の戦闘スキルを持つ御母堂の薫陶を受けただけあって、天乃ちゃんの殺人技術も見事な物だね。
もっとも、今回の私達の相手は昆虫怪人な訳だから、厳密に言えば「殺虫技術」なのかも知れないけど。
勿論だけど、私こと吹田千里准佐も天乃ちゃんに負けず劣らずに張り切らせて頂いたよ。
側車のシートから立ち上がり、愛銃のレーザーライフルを構えて狙いをつける。
そして照準器に敵影を認めれば、後はただ引き金に力を加えるだけだよ。
「目標捕捉、排除開始!」
確かな手応えと共に銃口から迸った真紅の光芒が標的を射抜けば、急所を破壊された昆虫怪人達が次々に膝をついて事切れていくよ。
そうして糸の切れた操り人形のように倒れ伏した亡骸からは、細い白煙が静かに立ち上るばかり。
それはあたかも、昆虫怪人達の魂の残滓が昇天していくようだったよ。