第15章「悪夢!真冬の昆虫大発生!」
だけど私が想像していた以上に、この昆虫怪人の問題は厄介だったの。
耳に装着したハンズフリーイヤホンに、驚くべき入電が飛び込んできたんだ。
『オペレータールームより警邏中の全車両へ!大型昆虫の群れが堺市西区に出現!対応可能な人員は、至急掃討を開始せよ!』
「えっ、大型昆虫の群れが!?」
ほらね、返答の声さえも思わず上ずっちゃったよ。
ハンズフリーイヤホンに入った入電を詳しく聞いてみると、私達が発見したのと同じような人間サイズの昆虫がアチコチに現れているみたいなんだ。
こんな人間サイズの巨大昆虫、一匹だって持て余しちゃうのにね。
カブトムシやクワガタみたいに死体として発見されたのも少なくないみたいだけど、黒蟻に似た大型昆虫は普通に二足歩行でスタスタと徘徊しているらしいの。
このまま放っておいたら、商店の食料品を強奪したり地下鉄御堂筋線の中百舌鳥駅に潜り込んだりして大騒動になるだろうね。
「このセミ怪人も件の巨大昆虫の一味なのでしょうか、吹田千里准佐?」
「恐らくはね、西来天乃中尉。このセミがカブトムシやクワガタと同じように事切れていたのは、コイツが夏の昆虫で冬の寒さに耐えられなかったからなんだろうね。」
私は天乃ちゃんに応じながら、日本に四季がある事と今の季節が冬である事に心から感謝したの。
もしも今が真夏だったら、或いは琉球や台湾みたいな温暖な地域だったなら。
カブトムシやクワガタみたいな強そうな連中も、ひょっとしたら元気一杯に暴れ回っていたかも知れないだろうね。
それに私達の足元で見苦しい死体を晒しているセミだって、生きていたなら何をしでかしたか分からないもの。
鳴き声を応用した破壊音波とか、ストロー状の口吻を使った吸血とか。
そういう得体の知れない殺人技を繰り出してきても、おかしくはないよね?
この大きな図体だと、普通のセミみたいに樹液を吸うだけでも、人間にとっては迷惑極まりない事になるというのにさ。
そう考えると我が堺市内を吹き抜ける真冬の木枯らしは、今の私達にとっては神風のように心強い存在と言えるだろうね。
気分はさながら、元寇を退けた鎌倉武士だよ。
だけど幾ら木枯らしが追い風になったとはいえ、急を要する案件である事に変わりはないよ。
こうした事態に対処するための備えとして私達は巡回パトロールに出ている訳だから、いざ鎌倉とばかりに馳せ参じなくてはならないね。
そんな思いはマリナちゃんも同じだったようで、この風雲急を告げる事態を前にテキパキと冷静な指示を下したんだ。
「死体の移送を担当する天王寺班の指揮は、英里に頼むよ。レーザーランスを個人兵装に選択した英里の槍捌きなら、仮にセミ野郎が息を吹き返したとしても制圧出来るだろう。吸血チュパカブラの断裂した腕を見事に仕留めた時の気概と根性、今回も見せてやりなよ。」
「心得ました、マリナさん!」
同期の少女士官に応じる英里奈ちゃんのソプラノボイスは、何時になく凛としていて力強いね。
上品な細面の美貌は使命感にキリッと引き締まり、その手に携えられたレーザーランスの穂先も、持ち主の闘志を反映するかのように赤々と輝いていたんだ。
それでこそ、織田信長に仕えた戦国武将の末裔だよ!
「残る江坂班は、引き続き特殊車両に搭乗して巨大昆虫の掃討に従事せよ。オペレータールームからの通信とレーダーに常に気を配り、各隊と連携して敵勢力を撃破するんだ。」
「はっ!承知しました、和歌浦マリナ少佐!」
ハンズフリーイヤホンから聞こえてくる江坂芳乃准尉の答礼も、負けず劣らずに凛々しくて頼もしいね。
江坂分隊の皆様方とは一緒に打ち上げに繰り出す程の仲だから、私としても心強い限りだよ。
「そして吹田千里准佐に西来天乃中尉。貴官等二名は引き続き側車付地平嵐に騎乗し、私と共に機動戦力として掃討に当たって貰う。軍用オートバイの機動力と馬力なら、仮に蟻怪人共が羽蟻だとしても遅れは取らないし、貴官等の個人兵装ならば遠近両方の局面に対応出来るだろう。」
「はっ!承知しました、和歌浦マリナ少佐!この吹田千里准佐、市街地へ散らばった虫けら共を一匹残さず殲滅する所存であります!」
「西来天乃中尉、右に同じであります!」
戦闘シューズの踵を鳴らし、固く握った右拳をサッと左胸にかざす。
天乃ちゃんの敬礼も私のそれに負けず劣らず機能的に洗練されていて、剛毅木訥にして質実剛健な美しさに満ちているよね。
こんなビシッと凛々しい敬礼の出来る中尉の子と一緒に戦えるんだから、実に心強くて頼もしい限りだよ。
そんな天乃ちゃんの良き手本になるよう、上官兼先輩である私もしっかりやらなくっちゃね!