第12章 「幹部将校の遠い背中を追って」
巡回するコースの再確認や他班との連絡事項の交換も終えた私達は、各種車両に乗り込んで意気揚々と巡回パトロールへ繰り出したんだ。
サイドカーの側車に揺られながら夜風を切るスピード感を味わうのは、ちょっとしたツーリング気分を感じられて楽しいよね。
もっとも、軍用サイドカーのベース車両である地平嵐一型や武装特捜車に採用されているのは動作音の穏やかな無公害エンジンだからね。
地下駐車場からの発進も市街地での走行も、至って静かな物だよ。
猛々しいエンジン音や心地良いエキゾーストノートの音色が味わえないのは、ちょっぴり寂しいかな。
だけど私達は、人類防衛機構の掲げる正義を為す特命遊撃士だもの。
大日本帝国陸軍女子特務戦隊の時代から変わらずに受け継がれてきた軍人根性と大和魂があれば、たとえ景気付けの爆音を欠いた所で何の問題も無いんだよ。
それにしても今の時期は、夜の闇に煌めく街灯やビルの明かりが一層に美しく感じられるね。
大小路の街路樹に施されたイルミネーションや鉄砲町のショッピングモールに灯るネオンサインも、何時になく綺羅びやかじゃないの。
やっぱり冬は空気が澄んでいるから、夜景を眺めるには最適だよね。
「この美しい夜景を楽しむのも、今の時期の夜間パトロールの醍醐味かなぁ…」
こんな具合に溜め息混じりで洩らしちゃう辺り、私ったら相当に感極まっちゃっていたんだろうね。
「はっ!?い、いや…あのさ、天乃ちゃん…」
ふと我に返った時に、思わずドキッとしちゃったよ。
−武装サイドカーの操縦を担当している天乃ちゃんに、果たして今の私はどう思われているんだろう。
そう考えると気が気じゃなくってさ。
だけど、そんな心配は杞憂に過ぎなかったの。
「仰る通りでありますね、吹田千里准佐。小職の母も、同様の事を申しておりましたよ。」
「えっ!西来志摩乃参謀閣下が、私と同じ事を?」
天乃ちゃんの一言があまりに意外過ぎて、思わず鸚鵡返しになっちゃったよ。
何しろ天乃ちゃんのお母さんは、人類防衛機構極東支部近畿ブロック参謀局配属の西来志摩乃参謀閣下でいらっしゃるからね。
参謀局の切れ者であらせられる西来志摩乃閣下は、現役の特命遊撃士だった頃には一騎当千の英傑としても有名で、高周波ナイフの二刀流で広く武名を轟かせたんだ。
両手に携えたソニックダガーとソニックグルカで繰り出す巧みなナイフ捌きから、「衝撃の志摩乃」とか「ソニックブームの切り裂き魔」といった様々な異名で呼ばれていたんだって。
私も広く武名を轟かせて、カッコいい異名で呼ばれたい所だよ。
オマケにツインテールに結い上げた銀髪で飾られた可憐な美貌と、ナイフ戦闘術で鍛え上げられて引き締まった肢体の若々しさたるや、広報誌で「愛らしすぎる参謀閣下」と特集される程に見事なんだ。
昔から「天は二物を与えず」と言うけれども、真に優秀な人間は二物も三物も持っているんだね。
そんな生きる伝説でいらっしゃる西来志摩乃参謀閣下が、御息女である西来天乃中尉に何と仰ったのだろうか。
参謀閣下に憧れる私としても、大いに興味深い所だよ。
「あれは確か、小職が特命機動隊の三曹として初めて夜間パトロールに臨む前の日の事でありました…」
武装サイドカーのハンドルを握りながら、しみじみと独白を始める天乃ちゃん。
その語り口には、過去を懐かしむ愛おしそうな響きが感じられたんだ。
そもそも天乃ちゃんにとってはお母さんとの思い出でもある訳だから、それも無理からぬ話だよね。
「研修ではない正規の任務。加えて深夜の巡回パトロールでありますからね。当時小学生だった小職は、随分と緊張していたのでしょう。そんな小職に、母は諭すように語ったのであります。」
『夜景の明かりの一つ一つに、管轄地域住民の幸福が宿っている。それが再確認出来るからこそ、夜間パトロールは味わい深い。』
この一言を聞いて以来、天乃ちゃんは夜間パトロールで管轄地域の夜景を目にする度に、そこで営まれている地域住民の生活を意識するようになったんだって。
そして夜の管轄地域に灯る明かりに、地域住民達の無言のエールを感じるようにもなったんだ。
「あの日の母の一言は、小職の防人乙女としての在り方を定める重要な一言となったのであります。」
「成る程なぁ。西来志摩乃閣下が、そのような事を…」
側車の中でレーザーライフルを肩掛けした私は、腕組みしながら溜め息混じりに唸っちゃったんだ。
流石は大勢の少女士官達の上官であらせられる参謀閣下、その御言葉も実に含蓄深いよね。
こんな含蓄深い格言を自然に諳んじられる豊かな人生経験や人間的な深みも、私が目指す幹部将校に必要な素質の一つなんだろうな。
こればっかりは、幾ら背伸びをしたって一朝一夕には身に付かないよ。
焦らず慌てず、一歩ずつ気長に積み重ねていくしかないんだろうな。