第11章 「操縦はよろしく、西来天乃中尉」
こうして歳末特別警戒の意義を改めて認識した私は、高いモチベーションと燃え上がる情熱を胸に秘めながら業務を再開したんだ。
休憩明けの私達が担当するのは、歳末特別警戒の要ともいうべき巡回パトロールなの。
普段の勤務日でも巡回パトロールに入る事は多いけど、歳末特別警戒の時期には巡回パトロールの回数も増やされるからね。
何しろ今時分は、巡回パトロールに出ないシフト日なんて月に数える程しかないんだよ。
「幹線道路の混雑具合では、先に巡回パトロールに入られた京花さんや美鷺さんとも御会い出来るかも知れませんね。」
「お京達二人はバイクだからね、英里。サイドカーや特捜車の私達以上に小回りが利くだろうな。」
少佐の二人が話題に挙げた「京花さん」と「美鷺さん」というのは、私達と同じ御子柴高に一年生として在籍する特命遊撃士の友達の事なんだ。
レーザーブレードを個人兵装に選択した枚方京花少佐と、西洋式サーベルを帯剣した手苅丘美鷺准佐。
いずれ劣らぬ剣技の使い手として相通じる物があるのか、この二人は割と馬が合うみたいで、シフトの都合があったら連れ立って巡回パトロールに出ているんだ。
それも軍用オートバイの地平嵐一型を二台も借りて、ツーリング気分で幹線道路を走り回っているの。
京花ちゃんと美鷺ちゃんの二人に言わせれば、「バイクを転がしながら刃を振るうなら、武装特捜車やサイドカーよりも単車の方が好都合」なんだってさ。
あの二人なら確かに、片手運転しながら個人兵装を振り回すなんて器用な真似も出来るだろうね。
それに引き換え、私の個人兵装は両手で扱うレーザーライフルだもの。
バイクやサイドカーを操縦しながら運用するには、ちょっと嵩張るよね。
武装サイドカーのボンネットに脳波コントロール出来るロボットアームを搭載して、そのロボットアームにレーザーライフルを撃って貰う事も出来なくはないよ。
だけど、自分の手で撃つのと脳波コントロールで機械越しに撃つのとでは、色々な部分が変わって来ちゃうんだ。
射撃時の感覚とか緊張感とか、そういった諸々がね。
そんな私が巡回パトロール中にレーザーライフルを撃つには、愛銃を携えてサイドカーの側車部分に搭乗するしかないんだよね。
だからこそ、操縦担当の子とは仲良くやらなくちゃいけないんだ。
何しろこういう場合、サイドカーの操縦は私より下の階級の子が担当する事になる訳だからね。
その子にとっての良き上官になれるよう、ここはビシッと気を引き締めて行きたい所だよ。
そんな心積もりを整えて地下駐車場へ降りた私は、人類防衛機構式の折り目正しい敬礼で迎えられたんだ。
「御疲れ様です、自分は御子柴中学在籍の西来天乃中尉であります!武装サイドカーの操縦を担当させて頂きますので、本日は宜しく御願い致します!」
柔らかくてボリューム豊かなセミロングの銀髪を揺らしながら一分の隙もない敬礼で私を迎えてくれた少女士官は、私にとっても顔馴染みの子だったの。
今年の秋の話だけど、第二次世界大戦末期に開発されたファシスト勢力の軍用サイボーグが再起動して堺県を強襲した事件があったでしょ。
その時の事件で軍用サイボーグの一体を単騎で撃破したのが、この西来天乃中尉だったんだ。
何しろ西来天乃中尉は、敵である軍用サイボーグの素速い機銃攻撃をオートバイのドリフト走行で巧みに回避して、個人兵装のソニックダガーで敵の間隙を突いて討ち取ったんだもの。
その武装オートバイの巧みな操縦テクニックと鮮やかなナイフ戦闘術は、私としても心強い限りだよ。
オマケに西来天乃中尉は、下士官である特命機動隊からの転属組だからね。
機動隊の分隊員として積み重ねてきた豊富な実戦経験は、彼女の元上官である江坂佳乃准尉の折り紙付きだよ。
若き歴戦の猛者の証とも言うべき落ち着きと風格は、同年代の中尉の子達よりも遥かに洗練された敬礼からも一目瞭然だね。
「御疲れ様です、西来天乃中尉。自分は吹田千里准佐であります。こちらこそ、宜しくお願い致します。」
だからこそ、私も答礼には特に張り切らせて頂いたんだ。
背筋をピンと延ばして顎をグイッと引き、ギュッと固く握り締めた右拳を力強く左胸を押し当てる。
特命遊撃士養成コースへ編入した小六の四月以来、この敬礼姿勢は毎日のように取っている訳だから、私だって自信はあるんだよ。
それに一般企業や学校でも、「挨拶は一日の始まり」と称して重んじているんだからね。
ましてや私は、人類防衛機構に所属している特命遊撃士だもの。
市井に暮らす人々の見本となるためにも、そして佐官として人の上に立つためにも、挨拶や礼儀作法はキチンとやらなくっちゃね!