第1章 「歳末特別警戒に臨む少女士官達の都合」
仁徳天皇陵を始めとする堺市内の古墳を鮮やかに彩っていた紅葉が徐々に色褪せてきているのを見ると、季節が着実に移り変わっていくのを否応なしに実感させられるね。
学籍を置いている堺県立御子柴高等学校に顔を出せば、制服である赤いブレザーの上からダッフルコートやらウインドブレーカーやらを羽織った一般生徒の子達と出くわすし、銀座通りの商店街や鉄砲町のショッピングモールなんかは華やかに飾り付けられてクリスマスムード一色だよ。
そうした具合に堺県堺市の季節が秋から冬へと移りつつあるのを見ていると、もう今年も残り僅かだって事を再認識させられるよ。
月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり。
十二月の今時分は、「奥の細道」の冒頭の一節を否応なしに思い出してしまうね。
そんな一年の締め括りの月である十二月は何かと慌ただしい時期だけど、中でも特に大忙しな業種を挙げるとしたら公安職の公務員に尽きるだろうね。
何しろ歳末期は人の流入が増えるから事故や事件が起きやすいし、空気の乾燥や暖房需要の高まりで火災のリスクも他の季節とは段違いだもの。
そうした事件事故や火災による被害を食い止めるため、堺県警や堺県内の各消防本部の皆様方は歳末特別警戒に余念が無いんだ。
そしてそれは、この人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局だって同じ事だよ。
何しろ私こと吹田千里が准佐階級の特命遊撃士として所属する人類防衛機構は、テロ組織や特定外来生物といった様々な悪の脅威から人類社会を守護する為に戦う国際的防衛組織で、管轄する地域社会との共存共栄に重きを置いた組織作りを目指しているんだからね。
そりゃ確かに、地域住民への声掛けや管轄地域での警邏活動は日々の勤務でも定期的に行っているよ。
だけど前述したように歳末期には何かとトラブルの火種が増えがちだから、監視の目を強めるのは危険の芽を未然に摘む上で有益なんだ。
それに消防隊や堺県警の皆様方の歳末特別警戒と足並みを揃える事は、公安系公務員同士の関係性の強化にも繋がる訳だからね。
そうした事情もあって、我が人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局においても御多分に漏れず、歳末特別警戒は十二月の風物詩になっているんだ。
堺県庁の真向かいに地上二十一階建ての高層ビルとして聳え立つ第二支局の一階付近を注視すれば、この歳末特別警戒に如何に力を入れているかが一目瞭然だよ。
「いよいよ歳末特別警戒のシーズンだね、英里奈ちゃん。あの『特別警戒実施中』の幟旗やポスターを見ていると、『もう今年も終わりなんだなぁ…』って実感させられるよ。」
「仰る通りですね、千里さん。今年は御子柴高校への進学を皮切りに色んな事が御座いましたが、大事もなく越せそうで何よりで御座います。」
エントランス付近や掲示板を一瞥しながら染み染みと呟いた私に同調してくれたのは、堺県立御子柴高校一年A組のクラスメイトにして養成コース時代からの古い友達でもある生駒英里奈少佐だ。
腰まで伸ばしたライトブラウンのストレートヘアと白くて細面の雅やかな美貌が特徴的な英里奈ちゃんは、レーザーランスを個人兵装に選択した凄腕の槍使いで、堺区内でも名の知れた旧家の御嬢様なんだ。
何しろ、父方は戦国武将の生駒家宗を祖とする華族の当主一族、母方は教科書や学習用教材等を手広く扱っている小野寺教育出版の創業者一族でしょ。
そうした高貴な家柄もあってか、畿内生駒家の人達は幼少時の英里奈ちゃんに厳格極まる教育を施したみたいなんだ。
茶道や華道といった習い事を幾つも受講させたのは序ノ口で、礼儀作法や言葉遣いに少しでも不備があると、苛烈な叱責が待っていたみたい。
そのせいでスッカリ萎縮してしまった英里奈ちゃんだけど、人類防衛機構に入隊して信頼出来る上官や親友達と出会えた事で、精神的に大きく成長して良好な人間関係を構築する事さえ出来たんだ。
その人間関係の一角に私も含まれているのは、実に喜ばしい事だよね。
これからも末永く、戦友として良き関係性でいたい物だよ。
「だけど英里奈ちゃんも、なかなか御仕事御熱心だよね。歳末特別警戒のシフトに、自ら進んで入ったんだからさ。」
「第二週の土日に続けて御休みを頂こうと存じまして、その埋め合わせで御座いますよ。嵐山に住む妹と久々に槍術の手合わせでもと考えたのですが、御互いに日程を合わせるのに苦労を致しまして…」
英里奈ちゃんがチラッと言及した「嵐山に住む妹」というのは、双子の妹である生駒美里亜ちゃんの事なんだ。
一卵性双生児として産まれた英里奈ちゃんと美里亜ちゃんが別々の人生を歩む事になったのは、旧家ならではの込み入った事情があってね。
英里奈ちゃんの御実家である生駒家には分家があるんだけど、この分家というのが京都の嵐山に建立された牙城大社という神社の宮司の家系で、京都でも有数の資産家なんだ。
ところがこの分家さん、どうした物やら女の子に恵まれなかったらしく、どれだけ「次こそは女の子を…」と祈っても、立て続けに男の子ばかりが産まれちゃったの。
分家の人達が女の子の誕生を殊更に望んだのは、牙城大社の組織運営という事情があったからなんだ。
牙城大社には大巫女という重要な役職があるんだけど、この大巫女は生駒一族の女の子が務めるのが古くからの習わしなんだって。
次代の大巫女候補がなかなか産まれなくて、分家の人達が大いに焦った事は想像に難くないだろうね。
そんな時、生駒一族の本家に女の子の一卵性双生児が産まれたんだ。
要するに、姉の英里奈ちゃんと妹の美里亜ちゃんだね。
そして交渉の末、長女の英里奈ちゃんは家督相続人として堺の生駒本家に残され、妹の美里亜ちゃんが分家に養女として引き取られていったんだ。
このような事情で双子でありながら別々に育った二人だけれど、英里奈ちゃんと美里亜ちゃんとの間には姉妹の絆が確かに育まれているんだよ。
メールやSNS等で定期的に連絡は取り合っているみたいだし、時には今回みたいに直接会って旧交を温め合う事もあるみたい。
私は一人っ子だからよく分かんないけど、家族や兄弟姉妹の関係性も人それぞれなんだろうな。