勇者学校に行く
僕らは苦戦していた。
なにに苦戦しているかというと、学校に行くことにだ。
画面の前には、(ゲームオーバー)の文字がでている。
補足説明で、
(クラン、エリック、自動車に轢かれて死亡)
と書かれている。
そして、視界は暗転し、元の僕の家の前に戻された。
「どうしてこんなことに……、平和な世の中じゃなかったのか」
僕は膝から崩れ落ちた。
死んだことになったとはいえ、ゲームなのだから、痛くはなかった。
悔しいというより、困惑が勝っていた。
恋愛を主眼に置いた遊びということだったので、死ぬような目にあうとは思わなかった。
「魔物はでないのではなかったのか」
僕らは突如現れた鉄の塊におそわれた。
恐ろしく速い魔物だった。
リアルのように魔法がつかえればかわせたかもしれない。
だが、このゲームの世界では、魔法は存在しなかった。
肉体の能力を超えたスピードをだしてきて、回避することもできない。
「うーん。俺はいったい?」
同じように伸びていたエリックがうわごとを言っている。
「気がついたんですね。よかった」
「どうやら死んでも生き返るらしいな。ただ誰かが死ぬと全員スタート地点からのようだ」
どうやら、スタート地点は僕の家の前に設定されているらしい。
家を出てすぐのところに、その難所は存在していた。
目的地の方向は表示されている。
なのに川を流れる水のように絶え間なくしかもランダムに走ってくる鉄の塊。
「一瞬の隙をついて駆け抜けるしかないな」
エリックも現実では、それなりの戦士なのだろう。
目線の動かし方がプロだ。
「ちょっとまってください。私そんなに速く動けません」
カレンちゃんは、普通の女の子のようだ。
「こっちの体は、現実程動かせないな」
走れと念じても、現実の早歩きぐらいしか速度がでない。
この速度では、さっきの二の舞だ。
多分、避けて進むという発想がよくないのかもしれない。
「いやちょっとまて、よく見ると、両側からきているが、手前は右側からのみ、奥は左側のみではないか」
「お、そういやそうだな」
「つまり、まず右を見て、次に左を見る、そして、最後に念のために右を見て駆け抜けるというのはどうだろうか」
「それなら行けそうですね」
僕らは、額に浮かぶ汗をぬぐう。
作戦名 右・左・右
これはいける。
僕らは顔を見合わせて、拳をにぎりしめる。
ぼくらは、右を見つめ、タイミングを見定め、途切れたタイミングで左をみる。
「左がだめか……」
なかなかいいタイミングが来ない。
しばらくすると絶好の機会が訪れた。
「よし、右がこない」
「左も大丈夫です」
「もう一度右。いまだ!」
僕らは最大限のスピードで道路を横断することに成功した。
「こんな難所など、僕らにかかれば楽勝だ」
「さっき死んどいて何言ってるんだよ」
「ふふふ、でもクリアできてよかったです」
僕ら三人は、勝った気でいた。
ただそれがただの悪夢の始まりだったとは今は知らなかった
僕らが意気揚々と進むとさらに難所が現れた。
「なに、鉄の塊の通り道が六本だと!」
先ほどまでは右と左一本ずつだったのに、今度は右が三本、左が三本のあった。
無理すぎる。
ゲームの製作者はなにを考えているのだろう。
俺たちがクリアできないことをあざらっているのだろうか。
僕が絶望していると
「どうやら、あの鉄の塊は、線をはみ出してくることはないようだ」
エリックは諦めていなかったらしい。
はみ出してくないのであれば、ゆっくり右・左・右作戦を行うことが……
いや、無理だすべてのところで、鉄の塊が通らないということはない。
すこしタイミングがあっても、あっちにわたるまでには、轢かれてしまう。
「なにか方法はないのか」
「みてください。あの子供たちは、線が引いているあるところで手を上げると、あの鉄の塊が止まってくれます」
カレンちゃんが、指を指した方向を見ると、なぜか全員黄色の防止をかぶった子供たちが渡っている。
「よし、ならば俺たちもそうしよう」
僕たちは、線が引かれた道を手を上げて、駆け抜けた。
見事におおきな鉄の塊が突っ込んできて、三人仲良く(ゲームオーバー)になった。
「なぜ、なんだぁ」
僕は悔しくて、地面を拳で叩きつけた。
「罠だったか」
何がいけなかったのだろう。
「もしかしたら、年齢制限があったのかもしれませんね」
「確かにその可能性は、おおいにあるだろう」
分析力が低すぎる。
それ以上にすこしミッションを焦りすぎているようだ。
迂闊に敵に突っ込むなど現実世界ではしないのに、死んでもやり直しができる安心感からか、無謀な行動にでてしまっているらしい。
「なあ」
「なんだ?」
「次は絶対攻略できるという確信が出てから行動しないか」
僕は二人に提案した。
「そうだなぁ。そうするか」
「そうですね。そうしましょう」
エリックとカレンちゃんはうなずいた。
僕らはさっきの難所までくると、端にゆっくり座って話しながら観察することにした。
ゆっくりながめていると、自分の世界では見ることができない景色なので、新鮮だった。
よくみると、鉄の塊も、いろいろな色がある。
さらに中を見ると、人が乗っているようだ。
止まっているものに視線をあてると(自動車、この世界の乗り物)と表示された。
「ああ、あれ乗り物だったのか」
全然気が付かなかった。
未来の馬車のようなものなのだろう。
「おい。あれを見て見ろ」
エリックが何かを見つけて叫んだ。
「川でもないのに、橋がついているだと!」
僕も思わず叫んだ。
自動車とやらが走る上に大きな橋がつけられていた。
川以外に橋をかけるという発想はなかった。
なるほどこれは、固定概念を捨てて、周りの物をよく見て、判断するゲームということなのだろう。
奥が深すぎる。
「これがゲームか」
そのために、体はこんなにいうことをきかない仕様になっているのだろう。
「力でごり押しでは絶対解けないようになっているのだろう」
進行方向の矢印が出ているので完全に騙された。
目的地があっちにあるというだけで、まっすぐ行けということではなかったらしい。
「平和な世界ですからね」
「普通にかんがえれば、安全に攻略する方法はちゃんと用意されていたのか」
三人で笑いあった。
ああ、なんだろう。
こんなに楽しくわらうのはいつぶりだろうか。
「さて学校目指すか」
僕は二人に言った。
エリックとカレンが残念そうな顔をした。
「なあ、俺そろそろ寝る時間なんだ」
「私もです」
「そうか。残念だ」
表示の右下には時計も表示されていた。
もうずいぶん遅い時間だった。
難所に時間をかけすぎてしまった。
できればこのメンバーで一つくらいミッションをくりあしてみたかったのだが……。
僕が落ち込んでいると、
「なあ、フレンド登録しないか」
エリックがそういってきた。
「なんだフレンドというのは」
「フレンドというのはつまり友達ということらしいぞ」
「友達……」
「いやだったか?」
「いや、そんなことはない」
悲しいことに現実に友達はいなかった。
「むしろ感激していたところだ」
現実の僕はうれしくて涙がでていた。
この世界が映像の世界でよかった。
勇者が泣いているところなんて見せられない。
「大げさだな。フレンド登録しておけば、ログインしているときに、一緒に遊べるだけだぞ」
僕は涙を引っ込め、エリックに聞く。
「同時にログインしないと無理じゃないか」
友達になれたとして、
そうそうマッチングで同じ人間にあたるとはかぎらないと思う。
「二日目からはフリーモードがでてた」
「フリーモード?」
「ああ、この世界をプレイしているのは俺たちだけじゃなくて、他の連中も同じところで遊んでいるらしくて。マッチングしなくても、別に遊べるみたいなんだよ」
「そうなのか」
「先にメンバーを固めてから、モードを選べば、今日と同じゲームで遊べると思う」
「なるほどな」
このゲーム説明があまりない。
設定を自分で開いてみれば書いてあるのかもしれないが、
こういうことを他の人から教えてもらうのも楽しみなのかもしれない。
僕たちはお互いをフレンド登録した。
メニューのフレンドの項目に
(エリック)
(カレン)
の名前が並ぶ。
僕は自然と笑顔がこぼれる。
「今日は遊んでくれてありがとう!」
フレンドになったことで、すごく気楽に見送ることができるようになった。
「ああ」
「ではまた明日。お願いしますね」
カレンちゃんが一礼する。
「また明日」
僕は手を振りながら、二人の姿が消えるのを見送った。
視線をそらして終了する方法を探る。
(ログアウトしますか)
多分これだろう。
僕は『はい』を選択する。
目を開くといつもの宿屋に戻っていた。
「また明日か」
誰かと約束したのは久しぶりだった。
二人とも僕と同じように姿はきっと違うのだろう。
でも、魂はきっと本物だ。
「友達か」
すこしだけ生きる気力がわいてきた。