勇者と竜種
魔族の大行進の前に七色の竜種が降り立った。
威嚇するように、魔王が吠える。
「なにを考えているんだアウル」
アウルというのが、水竜の本当の名前だろう。
「このまま進めば、人間たちと大戦争だぞ。そんなことになったら魔族の未来がないことぐらい。賢いお前ならわかるだろう」
魔王が、最後の説得を試みた。
止まって欲しいという、必死さが魔王から伺える。
「姉さんこそ、その男は、兄さん姉さんたちの仇だぞ」
水竜は僕を、恨みのこもった目で見る。
「わかっている。だがそれでも、魔族の未来の為手を取り合うと説明したではないか」
「姉さんはわかってない。魔族のみんなはそれを望んではいない」
水竜の後ろにいる魔族達がそうだそうだとはやし立てる。
オーガやゴブリンといった魔族が多い。
「大半のものは同意してくれといる」
魔王も言い返す。
城にいた魔族達は内心はどうあれ、僕とエレンに笑顔で接してくれていた。
行方不明になった幹部も数人だけ、ほとんどは納得してくれている。
「少ない意見を切り捨てることが、魔王のやることなのか」
「それは……」
魔王は切り捨てたくて、切り捨てているわけではない。
最大多数の幸福を願えば、どうしても、叶えられないものも出てくる。
切り捨てることも必要だ。
だけど、王はみんなのためにあると、幻想を見せ続けなければいけない。
だから、魔王は答えられない。
代わりに僕が水竜に問いただした。
「だから、人と戦うというのか、どちらかが滅ぶまで」
「そうだ!」
僕は魔王の背から飛び降りて、剣を構える。
「ならば僕と勝負だ。僕一人に勝てないようでは、お前たちが人に勝つことなど、夢のまた夢だぞ」
「望むところだ」
「魔王、下がっていてくれ」
魔王は大人しく下がってくれた。
「アウル、なぜなのだ。勇者に勝てないことぐらい。お前が一番わかっているだろう」
魔王が悲しそうに嘆いている。
「そんなことやってみなければ、わからないだろう」
やってみればわからない?
水竜は身を持って体験したはずだ。
どうして、水竜は引かないのだろう。
僕と1対1で戦おうとしたときは、
尻尾を巻いて逃げ出したのに。
どうしてそこまで。
大きな体が一瞬震えていた。
「水竜……お前」
「お前たちは手を出すな」
水竜は、後ろの魔族たちにそういった。
「こいつは、僕の兄さん姉さん達の仇だ。絶対許さない」
魔族達は大人しく下がる。
「勇者、手加減なしだ」
「いいだろう」
こいつの気持ちはよくわかった。
それがお前の覚悟だというのなら、見せてもらおうか。
「「勝負だ!」」
僕と水竜は同時にそう叫ぶ。
水竜は空高く舞い上がる。
強大なエネルギーが収束していく。
ドラゴンブレス。
人が暗黒魔法を使えるようになるまで、単属性最強だった魔法だ。
水竜の口から瀑布にも似た量の水が降り注いでくる。
「ノーム」
僕は、ノームに呼びかけると、土砂が水を受け止め、大地に地割れが発生し、水を飲み込んでいく。
水竜は、もう一度、ドラゴンブレスのモーションに入る。
今日は、水を操ることができるウィンディーネを置いてきてしまった。
連発されてノームの限界をこえるとマズい。
「サラマンダー」
再度、ドラゴンブレスが、放たれた瞬間にあわせて、サラマンダーが灼熱を放った。
強力な水蒸気爆発が巻き起こり、水竜を吹き飛ばす。
「シルフ、叩きつけろ」
水竜の体勢が崩れたところをシルフの風がまとわりつき、ドラゴンの浮遊力を奪った。
水竜が大地に叩きつけられる。
すぐに水竜は起き上がってくると
死にもの狂いで僕に爪を振るってきた。
「シルフ」
僕は、シルフにサポートさせながら、大剣を振るう。
爪をはじき返し、返す剣で顎の下にある逆さまに生えた鱗を剥ぐ。
触るだけでも、強烈な痛みを伴うとドラゴンの逆鱗だ。
「ぐがぁああああああ」
水竜が怒り狂って、僕を噛み殺そうとする。
「ノーム」
僕は巨人の拳のようになった岩石を水竜に、叩きつけた。
水竜の巨体が、毬のように弾んで転がっていく。
それでも諦めない水竜は立ち上がり向かってくる。
僕は水竜の鱗を切り裂きながら、
向かってくる水竜をノームで吹き飛ばす。
放とうとするドラゴンブレスはサラマンダーが爆発させる。
もうこうなってしまえば僕に対抗できることはない。
竜種のドラゴンブレスは強力だが、それ以上の技はない。
ドラゴンブレスを防ぐことができれば、もう勝ったも同然だった。
それがわかっていながら、水竜は立ち上がり、立ち向かい
僕に切りつけられて、吹き飛ばされる。
それを、何度も何度も何度も何度も、繰り返した。
ついに血まみれの水竜が大地に倒れようとしたとき、
「ノーム、拘束しろ」
ノームが岩石で水竜を飲み込む。
顔だけ出した水竜の鼻に、
僕は剣を突き立て大地に縫い付けた。
魔族みんなの前に、水竜は無惨な姿をさらしていた。
最初威勢がよかった魔族たちも今は静まり返っている。
精霊の一角であるウィンディーネは不在。
僕は神聖魔法すら使っていない。
それでも水竜は僕に手も足も出なかった。
これが僕と水竜の実力差だ。
そして、これが人と魔族の実力差でもある。
僕と同格の東の勇者。
殲滅特化の大地の勇者。
天空の勇者も一旦退いてはいるが、健在だ。
海軍である海洋の勇者もいる。
戦いを選択して、僕一人余裕で倒せないのなら、魔族は滅びの道しかない。
僕は、腰につけている、自分の剣を抜いた。
「さあ、次はどいつだ!」
これ以上進むというのなら容赦はしない。
わからずやどもめ、
僕と魔王がどれだけ自分の思いを飲み込んで話をつけたと思っている。
人と魔族の未来のため、
僕はまだ人間領に進軍するものを許さない。
僕は、魔王と約束した。
魔族領では、反撃しないと。
僕は剣で大地に線を引く
「ここから先は、人間領とする。この線を越えたものは、侵略の意思ありとみなす」
人と魔族、どちらも守る勇者だ。
だけど、どちらかだけを選ばなければいけないのならば、
僕は、人を選ぶ。
「さあ、どうする」
僕の問いに、
魔族たちは、ありの子を散らすように、逃げ出していった。
なんて腰抜けなんだ。
その程度の意思の強さで、他の魔族を不幸にしてまで、侵略しようとしていたなんて。
自分たちの実力もわからずに、竜の威を借りて強くなった気でいて。
「ああ、アウル」
いつの間にか人型になっていた魔王が涙を流していた。
「大丈夫だ。魔王」
魔族たちが一人残らずいなくなっているのをもう一度確認してから、
「ノームどけてやってくれ」
指示を出すと、ノームが岩をどけてくれる。
「我慢しろよ」
僕は水竜の鼻から剣を抜いた。
剣で止まっていた血が一気に流れ出す。
僕は魔力を開放した。
神聖魔法「サンダルフォン」
男とも女ともつかない天使が舞い降りてくると、
手を合わせて歌いだした。
天国の歌が水竜を包む込む。
ノームが岩で覆ったのは、水竜がこれ以上暴れないように押さえつけただけだ。
最後は派手に鼻に突き刺したが、そこに竜種は大事な器官はない。
『サンダルフォン』でちゃんと治せる程度に手加減できた。
怪我が治ると、水竜は小さな男の子の姿になった。
魔王は人型に戻った水竜を抱きしめた。
「ああ、よかった。ほんとうによかった」
魔王は泣きながら、僕を見た。
「勇者ありがとう」
水竜は、僕を見て小さな声で問いた。
「どうして殺さなかった」
「殺せるわけないだろう……」
勝てるわけないのを知っているのに。
わからずやのあいつらに実力差をわからせるため、
見せしめに死のうとしている奴を。
どうして僕が殺せるというのか。
この世にたった二人しかいなくなってしまった竜種。
魔族のために、人と戦い続けて、数を減らし続けた種族。
「本当に、お前ら竜種はどうして」
そんなに優しいのだろう。
魔王が臆病風に吹かれた。
人と戦わないことを選択した。
それはその通りなのだ。
だけど、魔王が臆病風に吹かれたのは、自分が死ぬことにではない。
魔族が滅んでしまうことだ。
自分の命よりも、魔族の方が大好きなお前らのこと。
僕は大好きだよ。




