勇者再認識する
僕は目を覚ますと、なにか温かいものが腕にまとわりついている。
目を開けて、確認すると、
エレンが隣で寝ていた。
「うわ!?」
僕は飛び起き、ベッドに腰掛ける。
エレンは、僕が大声を上げたにもかかわらずスヤスヤと寝ている。
昨日はあの後、部屋に戻ると同じ部屋なのに、なぜかベッドが一つになっており、しかも少し小さめで、なぜか部屋の壁紙なども赤になっていた。
床に寝るのも、嫌でベッドの端と端で寝ていたはずなのだが……。
いつの間にかお互い抱きしめて寝ていたらしい。
「エレンを、僕が本気で抱きしめたら、折れそう……なわけないか」
僕は大男で力も強いが、
エレンは普通の女性とは違う。
筋肉量は普通の女性の数倍はある。
仮にエレンが神聖魔法を使えば……、
「エレンの場合はむしろ僕が折られるのか」
岩をも砕く怪力だ。
僕なんか枯れ枝のように折られてしまうだろう。
「まあ、僕にはサンダルフォンがついているし、大丈夫……」
うっかりエレンが神聖魔法を働かせて、抱きしめてきたら、普通の男は死んでしまう。
僕は即死さえしなければ、どうということはない。
よく考えると、男で名持ち回復特化型の天使を信仰している人に会ったことはない。
「えっ? もしかしてエレンの旦那って僕しか務まらないんじゃ……」
逆に僕の相手もエレンぐらい強くないと務まらないかもしれない。
占いの館で相性抜群だと言われたことを思い出した。
「確かに相性いいかもな」
寝ているエレンを眺める。
さらさらの髪。
ぷっくりとした唇。
程よく赤みを帯びた頬。
鍛え上げられていて、スタイル抜群の肢体。
東の勇者が紹介した時から美人だと思っていた。
東の勇者が羨ましかった。
オークの里で、二人で過ごしているときも、なんだかんだ楽しかったし、
エレンがステータスでアピールしてたように、
本当に料理と裁縫が得意で家庭的なところも知っている。
不満なところはどこにもない。
僕がエレンを男だと認識バグを起こしているだけだ。
「あああ、ロード中、そうロード中なんだ」
勇者になったことだって、随分経つのに、自覚が出てきたのは、最近だ。
僕はなにごとも起動するまで時間がかかる。
ちょっと落ち着くか。
「ウィンディーネ、またエレン見ててくれるか」
ウィンディーネがエーテルをよこせと言ってきた。
どうやら、味を占めたらしい。
僕は、ウィンディーネが欲しいだけエーテルを渡す。
僕は腰に剣だけつけて、城を散歩することにした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
城を歩くと、朝早いというのに、魔王の部下たちが走り回っている。
「どうしたんだろう?」
僕は、王の間へと足を向けた。
僕が王の間に入ると、魔王は見ていた画像を消した。
「ああ、君か」
振り返ると、笑顔で僕に言う。
「昨日は楽しめたかな」
魔王がからかうように言う。
部屋のことを言っているのだろう。
「あのなぁ……」
文句を言おうとして、魔王が少し目を伏せていることに気づいた。
魔王が辛い時に無意識にする動作だ。
僕は言おうとしたことを飲み込んで聞いた。
「何があったんだ?」
「な、なんのことだ?」
動揺している。
本当に隠し事苦手な奴だな。
どれだけ付き合ってきたと思っているんだ。
「いまさら隠し事はなしだろう」
僕がじっと見つめると、魔王はため息をついた。
「そうだな。君には隠し事はできないな」
そして、魔王は、悲しそうに言った。
「和平に反対する者たちが、徒党を組み進軍を始めたと情報が入ってきたのだ」
「昨日の今日でか?」
王と話をしたのは昨日だ。
あのあと、すぐに幹部たちに話をしたとは思うが、いくら何でも早すぎる。
「どうやら、準備はずっと進めていたらしい。それが、昨日の話……和平が具体的になったことで、爆発してしまったんだろう。幹部の何人かが消息不明になっている」
幹部は通信機を持っているはずだから、消息不明ということは、故意に通信を断っているということだろう。
「これでは、私は、和平交渉を持ちかけて不意打ちをする最低の王と思われても仕方ない」
そうなれば全面戦争。
僕やエレンでもかばいきれない。
和平なんて夢のまた夢だ。
「何としてでも……首謀者を殺してでも、侵攻を止めなければ」
「そうだな」
これ以上誰かが……人と魔族どちらも血がながれるところをみたくない。
が、こればっかりは仕方がない。
これで最後だと思って戦うしかない。
「幸いまだ、人間領には入っていない。なんとか、魔族領から出る前にどうにかしなければ」
魔王は、壁に地図を表示させる。
どうやら、進軍の経路を割り出そうとしていたらしい。
「わかりそうか」
「ああ、魔族領は、あちこちにカメラを仕掛けてあるのだ。本来は、人間が攻めてきたときのための物なのだが……」
壁に、いろんな地域の画像が映る。
人間より魔法が弱い魔族が何とかやってこれたのも、魔王の技術力のたまものなのだろう。
どんどん地図に情報が書きだされていく。
魔族の一人が、王の間に慌てて走り込んできた。
「はあ、はあ、魔王様、首謀者がわかりました」
「誰なのだ?」
魔王が聞く
「水竜様です」
「そんなわけが、あの子にそんな度胸があるわけない」
魔王が映し出した、画像の一つに水竜の姿が映った。
水竜は、先頭に立ち、他の魔族を引き連れてゆっくり進軍している。
「なんて馬鹿なことを……」
呆然と、その画像を魔王を見ていた。
ぐっと拳を握ると
「私が責任を持って止める」
魔王は覚悟をきめた顔をしていた。
「お前に弟を殺せるはずないだろう」
「私がやらねば誰がやるというのだ」
「僕がやるよ」
もう竜種は、魔王と水竜しか残っていない。
たった一人の家族を殺させるわけにはいかない。
相手が竜種なら僕が適任だ。
「魔王は私なのだ」
「お前は、本気で攻撃できないだろう」
それに魔王は魔族に優しすぎる。
僕が人を本気で攻撃できないように、
魔王も魔族を本気で攻撃できないだろう。
「止めるために戦う。手加減もする」
今までとは戦う理由が違う。
殺すために戦うわけではない。
それでも、水竜が止まらないかもしれない。
「ただ水竜の命の保証はできない」
人と魔族どちらも守ると決めた僕らには水竜を何としてでも止める以外に選択肢はない。
たとえ殺すことになったとしても。
「わ、わかっている」
話はまとまった。
あとは実行に移すだけだ。
「大きな剣ないか?」
僕は、ドラゴン討伐用の剣は置いてきてしまった。
「それならオーガ用の剣があるはずだ。おい君、剣と勇者の鎧を持ってきてくれ」
魔王が部下に命じた。
「は、はい。すぐに!」
報告に来た部下は慌てて出て行った。
しばらくすると、
三人がかりで剣を持ってきてくれた。
続けて、別の魔族が鎧を持って来てくれた。
「これは?」
僕がいつも身につけているものと別のものだった。
どう見ても、僕のものより数倍はいいもので、右肩に人の紋様と左肩に魔族の紋様が刻印されている。
「和平が実現したとき君に渡そうと思っていた物だよ」
平和の祈りが込められているのがわかる。
「ありがたく使わせてもらうよ」
僕は鎧を身につけ、身の丈ほどもある剣を背中に担いだ。
「よし」
準備万端だ。
「私ならば追いつける。私の背中に乗ってくれ」
魔王の姿が、七色のドラゴンへと変わる。
大きな爪、鋭い牙、あの日僕の村を焼いた竜種がそこにいた。
やっぱり少し恨みはある。
だけど、僕は恨みをはらすためじゃなくて、
あの日の悲劇を繰り返さないために戦うって決めたんだから。
魔王と共に。
勇者と魔王が手を組めば、なんだってできる。
世界を半分なんてケチなことはいわない。
世界は思うがままだ。
「行こう。魔王」
僕は、七色の竜の背中に乗って、大空を舞った。




