勇者初めてゲームを始める
宿屋につくと早速買った魔法の石盤を解析してみる。
自身の魔力を流し込み解析してみると、主に二つの魔法が遠隔で発生するようになっているようだ。
一つは光魔法。
映像を魔法によって、目に映し出すことができるようだ。
もう一つは音魔法。
耳の鼓膜を直接震わせることによって、音を認識できるようになっている。
この二つの魔法の融合によって、別世界を体験する事ができるらしい。
「すごいなこれは」
戦闘魔法しか、学んでこなかった自分にとっては、目から鱗である。
この魔法が生活に役に立つのかというと、全く役に立たないので、生活魔法でもないのだろう。
純粋に娯楽の為だけにある魔法である。
毎月金貨3枚というのも頷ける。完全に貴族に的を絞った商品なのだろう。
実際睡眠をしながら使うわけではないので、魔法屋の婆さんが言っていたように夢を見るという説明は語弊があるが、イメージしやすいのは確かだ。
体に害のありそうな魔法が発動しないことを確認してから、念のために、自分にリフレクションの魔法、呪いなどの魔法がきた場合に弾き返すカウンター魔法をかけておいた。
ようやく準備が整ったところで、石盤を起動した。
一瞬暗くなった後に、ゲームスタートの文字とゲーム会社のロゴのマークが現れた。
そのあと
(キャラメイクに移行します)
との文字がでた。
その後、鏡写しのような自分の姿が映し出された。魔力の波長から大まかな姿形を予測したものを映し出したようだ。
よく見れば、ほくろがなかったり、肌の色が白すぎたりするが、焼けただれた半分と引きつった半分の顔は完全に再現できており、客観的に見てもいい気はしない。
そんなことを思っていると
(男、女どちらにしますか)
との文字が現れた。
「女にできるのか?」
ものは試しと女にしてみると、顔がそのまま、体つきが女性のものにかわる。
「いや、ないなこれは」
女性だったら自殺したくなるような醜さである。
キャンセルを選び、男に戻して、顔を選択すると、サンプルがいくつも表示される。
試しに一つ選ぶと、ただれた顔がなくなり、一気に爽やかな美形へと変わってしまった。
「なるほどなぁ。これだったら、仮に女を選択しても美女でも美少女でもやりたい放題だろうな」
それはそれで、少しときめくものがあるが、操作するのが自分であることを考えると女性キャラにするのは、自己崩壊を起こしそうである。
モテたいという欲望は多少なりともあるが、自分が女性になりたいわけではない。
あんまり自分から程遠いのもきっとよくないだろう。
少年のころの顔がただれる前の顔を思い出して、そして、それが大人になって、10倍ぐらい美形になるようなイメージでキャラメイクしてみた。
「まあ、こんなものかな」
前言撤回である。どうみても自分とは程遠いキャラになってしまった。
ご都合主義万歳である。
黒髪、黒目で快活そうな、どこに出しても、問題ない美男子がそこにいた。
ほんの少しだけ、目つきを鋭くしたところのみがどことなく自分である。
満足して頷くと勝手にキャラに吸い込まれるように同化した。
(名前を設定してください)
名前は適当でいいだろう。
本名はクラインだが、そのままというのもよくない気がして、一文字抜いてクランと念じた。
どうせ、最近は名前もろくに名乗ったこともない。
多分、本名だったとしても、勇者だと気づかれることもない。
(マッチングを行います。タイトルをお選びください。よくわからない場合は、ランダムがおすすめです)
(タイトル一覧、ラブラブカップルコース、幼なじみライバルコース、ドラマチックな出会いコース、告白コース……)
眺めて見てもさっぱりわからないので、ランダムを選ぶと、くるくるとタイトル一覧がまわりはじめて、
(幼なじみライバルコース 男2女1)
と表示されたところで停止した。
またすぐに、
(ロード中、しばらくお待ちください)
僕は布団の上から起き出した。
見たことない作りの物が沢山おいてある。何だろうと不思議におもっていると
(自動プレイモード、しばらく世界観をお楽しみください。視線を当てると、情報が表示されます)と表示された。
自分の意志とは関係なしに、服を脱ぎ、目の前の別の服に着替え始めた、服に視線を当てると表示は(学校の制服)となっている。『学校』も『制服』意味がわからない。どうやらこの世界には枕元に剣を置く習慣などはないようだ。
着替え終え、部屋を出ると見知らぬ男女が机に座っている。
(母親と父親)
どうやら二人は僕の親らしい。
僕の本当の両親は随分前に亡くなっているし、見た目も似ても似つかないが少し涙が出そうになる。
「おはようございます」
と僕の口が勝手にしゃべると、自然に日常会話が始まった。
どうやら僕は学生とやらで、学校というところで、勉学を学んでいるようだ。
このゲームの中で、学校は訓練所みたいなところなのだろう。
ピンポーンとチャイムがなると、母親が
「カレンちゃんたちが来たみたいよ」と教えてくれた。
玄関からでると、そこには、可愛らしいツインテールの女の子が立っていた。
(カレン、可愛らしい幼なじみ)
表示が間違いないと頷くに値する。花が咲いたような女の子である。
そして、その隣には、
(エリック、イケメンの幼なじみ)
と表示された筋骨隆々の大男がキラリと真っ白な歯を光らせて立っていた。
イケメンとやらの定義がよくわからない。
体つきはリアルの自分ににているが、顔が厳つくも凛々しくもあり、好青年なのは間違いない。
第一印象はいいな。
「おはよう」
と僕がしゃべりかける。
「おはようございます」
「おはよう。いい天気だね」
とかえしてくれる。
自動プレイモードは、本当にありがたかった。
挨拶が普通にできるというだけで、少し感動を覚えていた。
(自動プレイモードを終了します、あとは自由に楽しんでください。なにをすればいいかわからない場合は、パーティーで協力してミッションをクリアしてみてください)
との文字がでたあと急に体が放り出されたように感じた。
金縛りがいきなりとけたかんじだ。
「はじめまして、クランさん。一緒に頑張りましょう」
カレンがきれいに一礼して、笑顔を見せてくれた。
ギルドの受付以外で人と話したのもひさしぶりなら、女の子と普通に話すのは何年ぶりだろうか。
「よろしくな」
エリックも片手を上げて気さくに挨拶をしてくれた。
「よろしく」
僕もおずおず返事を返した。
僕もエリックと同じように、片手をあげようとするもリアルの自分が手を挙げてしまう。
どうやら、自分を動かすのは魔法を使うように念じるだけでいいはずなのだがなんだかうまくいかない。
かくんかくんと変な踊りのようなものをしてしまう。
「いや実は、今日が初めてで、ちょっとまってくれないか」
どうすればいいんだこれ。
うまくいかないぞ。
「あ、私もです」
カレンも手を開いたり閉じたり練習をしている。
僕と違って、練習する姿もほほえましい。
「なら俺が先輩だな。昨日からだけど、最初は慣れないよな。ゆっくりやるといいぞ」
「ありがとう」
念じると体が自分の思い通りに動くはずなのだが、リアルの体もつられてしまうのだ。
「俺の場合はマリオネットを動かすイメージだとうまくいったぞ」
いわれたとおり、自分のキャラクターに紐がついていて、それが自分の手足につながるようにイメージしてみる。
「あ、なんかいい感じです」
「操作になれたら、メニューに視線を当てると、いろいろ表示が出てくるぞ見てみるといい」
エリックの言うとおりに、メニューにしせんをあてると、ミッション、設定、ログアウトなどの項目がならんでいる。
「どうやら私たち3人は子供のころから近所で一緒に育ったという設定みたいですね」
設定……なるほど設定か、つまり仲良くなるお膳立てがすでにされているということか。
確かにそれはありがたかった。
「エリックは昨日はどんな感じだった?」
「ラブラブカップルモードとかやってみたんだけど、好みじゃないとか言われて、終わった」
「それは仕方ないんじゃ」
「おい! どういう意味だよ!」
「なかなか癖のある容姿だからさ。好き嫌いがはっきりわかれそうだ」
「めっちゃかっこいいだろ! キャラメイク頑張ったんだぞ」
本当の自分に体格だけは似ていて、肯定することができない。
「ふふふ、今日は楽しくやりましょう。ミッションをやってみましょう」
「カレンちゃんも流すなよ」
エリックのおかげで、少しなじむことができた。
なんだか仲良くやれそうだった。
恋愛シミュレーションゲームと箱には書いてありエリックとはライバルつまりカレンちゃんを取り合う設定のようだが、絶対そうしなければいけないというルールもない。
特にゴールはなく自由に遊べばよさそうだ。
エリックはまだぐだぐだ言っているが、僕はミッションを確認した。
(ミッション:学校に行こう!)
「学校へ行こうか。学校とやらがどんな場所かわからないけど、目的地まで行けということだな。武器も何も持っていない今は、かなり難しそうだな」
学校とやらがどんな場所にあるかわからないが、道に現れる魔物を素手で倒すのはなかなか厳しい。
早めに道具屋で何かしらの武器を手に入れたいところだ。
「まずは武器屋をさがそう」
僕の言った言葉に反応して、メッセージが現れる。
(この世界には武器屋はありません)
僕の思考を読んでか勝手に現れたメッセージを見て呆然としてしまう。
「どうやって魔物を倒せばいいんだ」
(魔物は存在しません)
「確かにそれなら、武器屋もいらないか……」
リアルで魔物がいなかったらいいなあ。と思ったことは確かにある。でも改めていないといわれるとそんなわけないと思ってしまう。
「ゲームって、現実とは違う世界を疑似体験できるみたいですね。平和なんですね。この世界は」
「血の流れる争いがないなんて夢みたいだ」
「実際、夢なんだろうけど」
魔物や魔族を滅ぼせば、平和な世の中が訪れるなんて言われているけど、歴史がたどれる限りたどっても、ずっと人と魔物は、争い続けている。
夢見てもいいのだろうか?
ほんの少しだけなら構わないだろう。
「今だけは楽しみましょう」
僕はカレンの言葉に頷いた。
夢は寝てるときも、どうせ見るんだ。
こんな平和な夢でもきっといい。




