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勇者デンワする

 僕らは、結局野宿が一番安全ということになり、

 見晴らしのいい野原で野宿していた。

 精霊の加護があるので、天気は怖くない。

 空には真ん丸の月が上っている。


 僕はバリィに借りた通信機の設定を、眠る仲間たちに配慮して音の出ない念話モードに切り替えた。

 通信機を押すと魔王はすぐに出た。

「魔王。どうだ、体調は?」

「ん? 勇者か? 通信機ではまず名乗るものなのだぞ」

「そうなのか? バリィは名乗っていなかったと思うが」

「それはバリィの通信機だからな。私は誰の通信機からかかってきたかすぐに分かる」

 この通信機は、魔王にしかつながらないが、魔王のは他のともつながるのだろう。

 ゲームのアカウントみたいに表示されているのかもしれない。

「で、体調はどうなんだ?」

「ああ、おかげで随分いいよ」

 ゲームだと完全に視界と聴覚が遮断されてしまうので、周りの警戒できない。

 魔王の姿が見れないのは残念だが、ゆっくり安心して話ができるという点ではこちらがよかった。

「無理せず調子が悪くなったら言えよ。追加で魔法かけてやるから」

「ありがとう。その時は頼むよ」

「バリィの話では、もう数日で、魔王城に着くと思う」

 移動は順調だった。

 もう村には立ち寄らないことにした。

 それぞれの魔族がどのように考えているかわからないので、無駄に刺激しない方がいいだろうということになった。

「そうか。ようやく君に会えるのか」

 少し弾んだ声で魔王はいう。

「そういえば、魔族の子供が、君のことを腰抜けだと言っていたぞ」

「腰抜けか、まあ、そうだろうな」

「怒ったりしないのか」

「いや妥当の評価だろう」

「念話モードにしている。聞いている奴はいない。本音で話していいんだぞ」

「大丈夫だ。本音でそう思っている」

 自己評価が低すぎる気がする。

「南の勇者には勇敢に立ち向かっただろう」

「勇敢なものか、私が戦うまでに、何人も魔族が犠牲になった。勝てる算段が付いてから挑んだまでだ、それでもこの体たらくだ。腰抜け以外何者でもないだろう」

 魔王は自虐的に言う。

「僕と違い、君は王なのだから仕方ないじゃないか。簡単に死ぬわけにはいかないだろう。僕なんか死んでも悲しんでくれる奴は……」

 いなかった。今はいる。


 それでも、エレン、カレンちゃん、魔王ぐらいで

「片手で数えるほどだ」


「私がいなくなるとみんな困るだけだ、悲しいわけではないよ。それに勇敢かどうかは関係ない」

「南の勇者だけでなくて、北の勇者にも戦って勝てたのだろう。あったことはないが、魔王が、北の勇者を倒すまでは、僕ではなくて北の勇者こそが最強だという話だった」

 僕がバリィに嘘をついた称号がいまだに空白である理由。

 もとの勇者の印象が強すぎるためだと言われている。


 北の勇者は、暗黒魔法『ルシファー』の使い手だと聞いていた。

 神の力と悪魔の力を兼ね備えた最強の堕天使。

 なにもかも焼き尽くす光『明けの明星』は、とんでもない威力だったと聞く。

 そんな奴を倒したのだ。

 勇敢だと誇っていいと思う。

 

 魔王はそっけなく言う。

「私は戦っていない」

「は? 君が倒したのだろう」

「倒したのは私だ」

 なぞかけだろうか。

 意味が分からなかった。

「君に隠し事をしてもしかたないだろう。私は北の勇者に寝込みを襲ったのだ」

「寝込みを?」

「人間も魔族のみんなすら、私と北の勇者が正々堂々戦って倒したと思っているだろうが、どうあがいても倒せないと思った私は、こっそり近づき、北の勇者が寝入ったところを襲った。情けないだろう。それが私の実力なのだよ」

 まるで懺悔するような言い方だった。

「私は、このまま勇者たちは、暗殺ですべて倒そうと思っていた。その次、台頭してきた勇者は君だった。君が使う精霊魔法は、君が寝ていたとしても発動するというとんでもないものだった」

「精霊たちは自分の意思で魔法を使うし、眠ったりしないからな。でもどうしてそのことを知っているんだ」

「私は、弟、水竜から聞いたのだ」

「水竜……」

 僕が唯一、逃がした竜種だ。

 兄さん姉さんはもういないと言っていた。

 弟だったのか。

 確かに寝込みを襲われた気がする。

 急に襲われたものだから、手元にドラゴン討伐用の剣を持っていなかった。

 それに夜だったものだから、視界が悪く、拘束を解いて水竜が逃げ出した時に捕まえ損ねた。

「あの子は私のために君を倒しに行ってくれたのだ。卑怯な手まで使って君に返り討ちにあった。結局、君から命からがら逃げ出して、今ではずっと引きこもっているよ」


「私も似たようなものだ、君を直接倒しになど行こうとも思わなかった。なんとか君の弱点を聞き出そうとしても、『魔王討伐だって本気でしていない』、姉さんを追い込んでいる最中のはずなのに、『特に忙しくもない』君から聞く回答は絶望的なものばかり、ゲームの話をしている最中は楽しかったが、君から情報を引き出すたびに震えが止まらなかった」


「結局私は、君の和平という案に乗っかっただけ」


「どうして私はこんなに弱いのだろうな」


「腰抜け以外何者でもない」


 そんなことはないと思う。

 僕はもうすでに一度死んでしまっている。

 なにもかもすでに失ってしまっていて、

 何もなかった。

 だから簡単に踏み出していける。

 ただそれは勇敢とは、違うだろう。

 勇敢とは、危険や困難を乗り越えていくことだ。


「魔王は勇敢だよ」

 ずっと恐怖と戦っているのだから。 

 

「僕は今まで人のためにも戦っていなかった」

 恨みを晴らすため、もしくは、金のためだけだった。

「魔族のためにも、戦いだして、人の勇者としても戦えている気がする」

 

 魔族の子供に投げつけられた石を投げ返して殺してしまうことは簡単だった。

 今までの僕ならそうしていた。

 その石一つが恨みの波紋になって、きっと人にも被害が及んでいただろう。

 

 あの子が将来強くなって、僕を殺しに来るかもしれない。

 それでも、殺さないこと。

 きっとそれが勇気だと思う。

 

 僕は空を見上げた。

「魔王、月は見えるか」

「見えているよ」

 ゲームの世界以外で、初めて同じ景色を見た。


 和平を結ぶことができれば、きっと僕と魔王のように人と魔族も同じ景色を見れるだろう。

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