勇者洗礼を受ける
森の魔族達は、僕らを攻撃してくるようなことはなかった。
森に住んでいるのは、
人狼族
アルラウネ
ハーピー
などがいるらしい。
ハーピーの村は通り道だったので、実際会うこともできた。
襲ってくるどころか。
「勇者様、アリガトウ」
ハーピー達は、直接お礼を言い、フワフワの羽のような手で僕に握手を求めてきた。
親切に寝床なども提供してくれた。
抜け毛で作ったというベッドは、信じられないほど気持ちよかった。
提供された食べ物は、虫だったが、普通においしかった。
「結局、逃げてくれた魔族はほとんどいなくて、逆にクランさんの援軍に行った魔族がほとんどだったんですよ」
カレンちゃんが説明してくれた。
住み慣れた場所にずっといたい気持ちはよく分かる。
「ただ手出しできなかったと言っていました」
大地の勇者の『アズライール』は相当強力だった。
実際は即死効果はなく、力が抜けるという効果だったが、戦場で力が抜けるのは、ほとんど死に体だ。
まさに『死の宣告』だった。
弱い魔族はなすすべもないだろう。
簡単にオークの村を、殲滅できたのも納得だ。
下手に手出しされていた方が巻き込んでいたので、その判断でよかった。
「気持ちだけでも嬉しいよ」
心の底からそう思う。
魔族と共に歩む未来に希望を持てるから。
問題は森を抜けてからだった。
カレンちゃんも交流のない魔族の町の入口で僕らは洗礼を受けた。
ずらりと並んだ魔族の群れ、
オーガなのかゴブリンなのか僕には判別もつかない角を生やした、不思議な肌色の魔族達。
オーガは僕も殺したことがある。
数が多く、屈強な戦士が多いので、一番人間とやりあっている種族だろう。
僕ら……僕とエレンを嫌悪した目で見てくる。
バリィが先頭に立って言う。
「この者たちは、魔族を守ってくれたのだぞ」
「魔族領に人間なんか入れやがって」
「人間なんて死んでしまえ」
「出ていけ人間」
バリィの言うことなど耳に入らず、魔族たちは口々に罵る。
恨みのこもった目で僕を見る。
魔族たちのあの目は僕はよく知っている。
ついこの間までの鏡に映る自分の目だ。
「お前達、俺の紋章が目に入らないのか。俺は魔王軍だぞ。魔王様に楯突く気か」
バリィが鎧に付いた紋章を見せながら、勇ましく言う。
「魔王さまは、腰抜けだ」
魔族たちの不満は、人間だけにとどまらず、魔王にまで及んだ。
「なんだと」
「戦は、勝利したのに、なんで和平交渉なんだよ。父ちゃんは勇者に殺されたんだぞ」
僕と大地の勇者を間近で見た森の魔族達。
南の勇者を魔王が死にそうになりながら、倒したことを知っているオーク兄。
今回の魔族の勝利がどれだけ薄氷の上のものだったか、このもの達はわかっていない。
仕方ないとは思う。
実感しないとわからないだろう。
怒りは湧いてこない。
「腰抜けか……」
こいつらの為に、恐怖と戦いながら、南の勇者と戦った魔王を腰抜けと評価したことが悲しかった。
「父ちゃんの仇をとってやる」
子供の魔族が石を投げつけてきた。
投げつけてきた石は、拳よりも大きかった。
当たりどころが悪ければ死ぬ。
そのうちの一つが
カレンちゃんに
当たりそうになり、僕がとっさにはじいた。
「お前ら!」
バリィが本気で怒る。
「なにするんだ!」
エレンも拳を構えた。
「ダメだバリィ! エレン!」
武器を構えようとするバリィとエレンを僕は押しとどめた。
「大丈夫、カレンちゃんは僕がちゃんと守るから」
僕の傍にいる限り、シルフがずっと守っている。
石が直撃することはない。
「しかし」
これでは結局、いつもの人と魔族の戦いと変わらない。
「エレンも拳を下げてくれ。バリィ、ここは避けよう」
僕はそう提案した。
「魔王から忠告は受けていたんだ。人を受け入れ難い種族もいると」
「だが……こんなことで和平は……」
バリィの言うことはよく分かる。
僕らが攻撃したら、それこそ、和平が遠のいてしまう。
僕らが道を変えようとすると、
「逃げるな! 卑怯者」
魔族の男の子は、剣を構えて、襲ってきた。
命令しなくても、シルフが子供の服を捕まえてくれた。
「くそ、なんだこれ」
目に見えない力に引っ張られて、もがく。
竜種すらなぎ倒すシルフの風だ。
もがいたところで離れるわけがない。
シルフが倒していいかと聞いてくる。
「ダメだシルフ。防御に専念してくれ」
シルフはうなずくと、そのままつかんだままでいてくれた。
ふと魔族の子供をみると、剣を握る手から血が流れていた。
全身傷だらけで、治るそばから怪我しているようだった。
ずっと修行をしているのだろう。
人を倒すため。
恨みをはらすために。
なにもかも失って、竜種を倒すことしか考えられなくなったあの頃の僕と同じように。
僕は遠く離れていく魔族の男の子に言った。
「出会えるといいな」
僕にとってゲームで出会った友達がそうであったように。
恨みよりも大切な君の心を溶かしてくれる何かに。




