勇者挨拶する
「クラン、魔王城に行くのはいいけど、どうやって行くつもりだ」
行くのはいいんだ。
もともと、魔王討伐の旅を東の勇者としていたのだから抵抗はないのかもしれない。
「まずはカレンちゃんと合流しよう」
「そろそろ戻ってくるはずだよな」
森にある魔族の村を全部回ったら戻ってくるという話だった。
「魔王の話では、そろそろ、カレンちゃんのお兄さんもくるはずなんだ」
魔王が天空の勇者の作戦からは外してくれていた。
「お兄さんに案内してもらう」
カレンちゃんを守ってもらうという当初の予定とは変わってしまったが、大地の勇者が攻めてこなくなったので僕らも一緒に守ればいいだけの話だ。
「お兄さんは俺たちのこと信頼してくれるか?」
「それは魔王から直接話をしてもらう」
「直接?」
「お兄さんに魔王が通信機を持たせているという話だった」
「魔王軍は、そんな物も作ってるのかよ」
「ゲーム機つくってるぐらいだしな」
「ゲーム機の応用か」
「どっちかというと、通信機の応用がゲームだと思う」
ゲーム機を作れる魔王のことだ、声だけを飛ばす魔法装置を作るなんてお手の物だろう。
「僕らが安心して休める人間の町はない。長旅になると思うから、準備を怠らないように」
「食料の準備は任せておけ」
ステータスに書いた通り料理が得意だった。
エレンはうっきうきで、干し肉を準備は始めた。
本当に頼りになる奴だよ。
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次の日、カレンちゃんがお兄さんを連れてオークの村に帰ってきた。
「はじめまして?」
家の外で僕はぎこちなく挨拶をする。
僕は、魔王とカレンちゃん以外の魔族と初めて会話するので緊張してしまった。
ゲームで話しなれていないと、どうしても、内気な自分がでてしまう。
「おう」
オーク兄は堂々と答えてくれた。
体は大男である僕よりもはるかに大きく。
それどころか、並みのオーガよりも大きい気がする。
大きな牙を持ち、獣としかおもえない頭部。
どっしりとした腹。
刃が通りそうにない分厚い毛皮。
オークの中のオークといった感じだ。
「私のお兄ちゃんです。かっこいいでしょ」
カレンちゃんは、曇りのない目で僕に言う。
「そ、そうだね」
僕は、オーク兄を見てもかっこいいという感性はわいてこなかった。
強そうなら、うなずくところではある。
さすがは魔王軍といったところだ。
戦ったら、負けたりはしないが。
「カレンちゃん、兄貴と会えたのか?」
僕らの声を聞いて、家の中にいたエレンが出てきた。
「なっ!?」
オーク兄がエレンを見て、息を呑む気配があった。
「よろしくな」
僕よりも、男らしく気さくに挨拶をするエレン。
「名前はなんていうんだ?」
「バリィだ」
「いい名前だな」
「ああ……」
逆にオーク兄バリィは、僕に対するよりもおどおどしている。
エレンが反応がよくないことに、ちょっとむっとした。
「女だからってバカにすんなよ。勇者には負けるが、こうみえて強いんだぞ」
エレンが胸をはると、余計にスタイルの良さが際立った。
「バカにしている訳では……」
多分単純にエレンに見とれていたんだろう。
獣人には、同族の獣を好きになると同時に進化の最終系である、人の造形を美しいと感じる心もある。
僕が初めてエレンに会ったとき、美人だと感じたように。
オークもまた同じように感じたのだろう。
天使の造形に憧れる人と同じように。
獣人は人に憧れる。
ただ綺麗だと感じるのと、好きになるのはまた別物だ。
神の規制がかかるため、恋心は同族しか働かない。
猫が犬と仲良くすることはあっても、好きにならないのと同じことだ。
ただ僕はエレンに押されているバリィに親しみを覚えた。
バリィは、頭を振って、改めて僕らをみる。
「魔王軍、第三部隊所属のオークバリィだ。そちらが、我が妹を助けてくれて、魔王の友達だという勇者とその仲間で間違いないか」
僕はうなずく。
「そうですよ。お兄ちゃん。クランさんとエレンさんです」
カレンちゃんが嬉しそうにいう。
バリィも神妙な顔をして頷いた。
「魔王様に確認とってもいいか」
「もちろん」
バリィは、ポケットからゲーム機を小さくしたようなものを取り出すと、ボタンを押した。
機械に明かりが灯り、しばらくすると、色が変わった。
「魔王様、到着しました」
「ご苦労だったな」
機械から、聞きなれた声が聞こえてくる。
魔王だ。
「君の村を守ってやれなくて本当にすまなかった」
「いえ、それは……火竜様の件は、なんと言っていいか……」
「姉さんの件は、今更どうしようもない」
「魔王様も、勇者との戦いの怪我がひどいとききました」
「なあに、私の傷はたいしたことはないさ。そう心配するでない」
本当は、動くのもままならないだろうに、おくびも出さない。
「行ったり来たりで申し訳ないが、勇者を私のもとに連れて来てくれないか。そちらの戦況は落ち着いたそうだから、勇者と和平について直接話し合いたい」
なるほど。部下の前ではそういう理由にするのか。
「魔王様、勇者の特徴教えてもらってもいいですか」
「火傷のあとを仮面で隠した大男の勇者だ。そうそうそんな男はおるまい」
「見せてもらってもいいか」
僕に聞いてくる。
「ああ」
僕は、少しだけ仮面をはずした。
カレンちゃんが息を呑むのがわかった。
見ていて気分がいいものではない。
エレンはじっくり見つめてきた。
本当に神経が図太い。
「確かに。自分でつけれるような火傷ではないな。すまないな。見せたくないから隠しているのだろうに」
「大丈夫だ。人間を信頼できないのはよく分かるから」
オークの村を壊滅されたのも、同じ人間だ。
逆にこんなに落ち着いて話ができる方がすごいと思う。
「わかっている。カレンの恩人で、魔王様が認めになった勇者だ。他の勇者とは違うのであろうだが、」
「お前さんじゃなくて、火竜様を倒した勇者だけは許せない」
その言葉を聞いて、この場にいるみんなが固まった。
多分、通信機の向こうの魔王も。
僕はカレンちゃんを見た。
カレンちゃんはいつもと違い弱々しく笑った。
言えなかったのか。
無理もない。
勇者とは、僕だけを指し示す言葉ではない。
まさか火竜を倒して、人間が攻めやすくなった原因である勇者が妹を助け、魔族を守ってくれているとは思っていなかったのだろう。
「あんなに優しかった火竜様を……」
今なら、そうだろうなと思う。
僕を一目見て逃げ出していた。
僕のことが怖かったであろうに、
森のみんなを守るために、
魔族のみんなを守るために、
最前線にいたのだから。
「勇者の称号はなんなんだ?」
バリィは僕にそう聞いてくる。
通信機の向こうにいる魔王も沈黙している。
想定していなかったのだろう。
僕もそうだ。
勇者には称号がある。
個性が全然違うのだ。
噂ぐらいでは、どの勇者がどんな勇者なのか聞いているかもしれない。
僕はカレンちゃんを見ると、カレンちゃんは首を横に振った。
多分『西』と言うなということだろう。
『西』は竜種殺しで有名になっている。
となると、一番不自然ではない称号は……。
「僕は北の勇者だよ」
「北は、魔王様が随分前に倒したはずでは」
「ああ、だから、僕は勇者として、新人なんだ。だけど、もう魔族に味方したから称号は剥奪かもしれない」
こう言っておけば、新しい北の勇者が現れても不自然ではない。
「ただの勇者クランだよ」
カレンちゃんがクランと紹介してくれて助かった。
西の勇者 クラインではなく
ただの勇者 クラン
たった一文字ないだけだけど、
なにかあったとき誤魔化せるだろう。
そのうちばれるかも知れない。
ただ伝えるべきは今ではないのだろう。
「妹を守ってくれてありがとう。これからよろしく頼む」
村が壊滅した原因も僕なのだ。
バリィの心のこもったお礼が僕にはつらかった。
カレンちゃんの兄バリィを騙すことに罪悪感を覚えながら、僕はそっと胸の奥に気持ちをしまい込んだ。




