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勇者約束をする

 僕は、約束の時間帯にゲームにインした。

 魔王とは状況が安定したら、お互いインしようという約束だった。


 今はエレンが見張ってくれているので、

 僕は安心して、ゲームにインすることができる。


 もう東の勇者が攻めてくる心配はないし、

 東の勇者の口添えが効いたらしく、大地の勇者の進軍はぴたりとやんだ。


 この地域はもう安泰だと言ってもいいだろう。


 天空と南の勇者は、魔族領に侵入しているという話だった。

 追い返すことができれば、実質は倒すしか方法はないかもしれないが

 それができれば、和平交渉に入ることができるだろう。


 僕は、あれからずっと、オークの廃村にいるので、完全に社会から遮断されている。

 情報が何一つ入ってこないので、魔王がインしてくるのを待つしかなかった。


 僕はゲーム内の自分の部屋でぼんやりしていた。

「今日もダメそうかな?」

 諦めて、ログアウトしようとしたとき、魔王のアカウントがインに変化した。

「おっ?」

 僕は魔王がメンバーに入れて来るのを少し待った。

「変だな?」

 いつもだったら、勝手にメンバーに入れてくるのに、その気配がない。

 訝しがりながら、僕の方から魔王を選択する。


(メリアンヌをメンバーに選択しました)


(コースを選択してください)

「告白コースでいいか」

 ラブラブカップルコースだと、まだ強制イベントが残っている可能性がある。

 今日は落ち着いて話がしたい。


(告白コース)


(ロード中、しばらくお待ちください)


 いつものように一瞬の暗転のあと、背景が変わる。

 夕日が照らす教室。

 目の前には、魔王がいた。


 僕を見ると、安心したように微笑んだ。


「そっちも無事だったんだな」


 僕がそう声をかけると、魔王は目を閉じ、そのまま倒れていく。

「おい」

 僕は床に激突する寸前に、魔王の体を支えることができた。

「どうしたんだ、魔王」

 このゲームは、意志の力でキャラクターを動かすことができる。

 つまり、魔王本体も倒れている。

 もしくは倒れた可能性がたかい。

 僕に抱きしめられたまま魔王はいう。

「勇者はちゃんと約束通り、ハグしてくれたな」

「それは普通にしてやるよ」

 ちゃんと覚悟していた。

「そうか。それはうれしいな」

 僕も少しだけ楽しみだった。

 いつものからかうような覇気がない。

 今にもぐずれて消えてなくなりそうだった。

「南の勇者は倒せなかったのか?」

 うっすらと魔王は目を開け答える。

「いや、ちゃんと倒せたよ」

 魔王は懐かしい思い出でも話すように言う。

「南の勇者の魔法は、想定通り、空を覆うほどの蝿の群れだった。ただ蝿の牙は、私のドラゴンの肌を傷つけるまでには至らず、長い時間をかけて、ドラゴンブレスで焼き尽くした。南の勇者の魔力切れを狙って、近づいてトドメをさした」

 それならば、なぜそんなに苦しそうなのだろう。

「ただ最後に毒をくらってしまった」

「毒?」

「暗黒魔法だったと思う」

「暗黒魔法……二体目の魔法か」 

「多分最初から、狙っていた。魔力切れに見せかけて、誘われてしまった。君がせっかく忠告してくれていたのに、私が勝負を急いだのだ」

 南の勇者は一人で戦っていたわけではないだろう。

 癒し手と一緒に戦っていたのなら、遠くからのドラゴンブレスでは、致命傷にはならない。

 とどめをさそうと、至近距離でドラゴンブレスを放った時に、毒をもらったということだろう。

「南の勇者が魔法を使うときに、悪魔の名前を口にしていなかったか」

 名前が分かれば、どういった類の毒かわかるかもしれない。

 僕らが神聖魔法や暗黒魔法を使うときは、基本、神や悪魔に敬意を示すため、名前を呼ぶ。

 その名前自体が呪文のようなものだ。

 至近距離まで近づいていたのなら聞き取れたかもしれない。

「悪魔の名前? アスタなんとかと言っていた気がする」

「アスタロトか」

 ドラゴンを支配し、毒を使う悪魔。

 ベルゼブブとも関わりのある悪魔だ。

 多分、魔王が竜種であることを見越して契約したのだろう。

 さしちがえても魔王を殺すという意志が感じられる。

「部下達が解毒剤をつくろうとしてくれているが、多分ダメだろう」

 魔王の認識はあっている。

 悪魔上位種の毒。

 しかも、竜種専用の毒ならば、神聖魔法でなければ治せない。

「君の方はうまくいっているようだな。さすが勇者だ。本当に君は約束を守る男だよ。私はダメだな。全然、約束を守れそうにない」

「おい。まるで死ぬみたいに……」


 いや、まるでではない。

 本当に、命の灯が消えかけている。


「だれか、神聖魔法を使える奴は……」

「前教えただろう。魔族は神聖魔法を使えない」


 回復特化の神聖魔法の使い手でなければ、多分解けないだろう。

 できる人間は知っている。


 僕だ。


 会いたい気持ちと会いたくない気持ちがずっとあって、

 目の前にいたら、殺してしまうかもしれない恐怖があった。


 今は、魔王に死んでほしくはない。


 他の理由なしに、ただそう思う。

 僕は意を決して言った。


「僕が今から行って魔王を治すよ」


 ふふふ、と魔王は笑う

「すまないな。気持ちはうれしいが、多分そんなに持ちそうにない」


「もう限界なんだ。最後に君の顔が見たくなっただけなんだ」


「君とは、魔王とか勇者とかではなく純粋にゲームを楽しみたかった」


 僕は魔王がどんな奴かもう知っている。

 争いに向いていないただのゲーム好きだって。


 ゲームは最高だ。

 人や魔族といった種族を超えて、楽しく遊べるのだから。


「人と魔族が平和に暮らせるようになれば、いくらでもできるだろう」


「そうか。それは楽しみだな」

 ハグが楽しみだといったあの日と同じ声で、

「死にたくはないな」

 『死ねない』といったあの日とは違い諦めていた。


 涙を流している気配があった。

 僕はぬぐってやることもできない。


 僕には力もあるのに、

 どうしてこんなに傍にいる気がするのに

 どうして届かないのだろう。


 目の前で、だれかが死んでいくのが嫌で、

 僕は、『サンダルフォン』を信仰しているというのに。


 どうにかして『サンダルフォン』の歌を届けられれば……。


 歌?


 そうか歌だ。


「魔王、このゲームの音はどうやって届けているんだ?」

「ゲームをやっている君ならばわかるだろう。思念を捕まえて、キャラクターの声に変換して、相手の鼓膜を振動させているんだ」

「生の音を届ける方法はないのか?」

「一応、ゲーム機にマイクとスピーカーをつけているからな。設定を変えれば、いけるぞ。キャラクターの声に変換をオフには普通はできないが、まあ、私なら可能だ」

「周りの音を拾えるか」

「いや、快適にプレイできるように、プレイヤーの声しかできるだけ拾わないようになっている」

「変更できないのか」

「それは君のゲーム機自体を触らないと難しい」

 どれだけゲームをやるために作り込んでいるんだ。

 仕方ない、いつものように仮初の姿ではなく、僕に『サンダルフォン』を直接降ろして、僕が歌うしかない。

 声に自信はないがやるしかないだろう。

「今から僕が歌うからよく聞いてくれ」

「子守歌でも歌ってくれるのか。最後に君の本物の声を聞くのもいいだろう」

 魔王が目を閉じる。


(設定が変更されました)

(マイクモード)


 魔王が変えてくれたのだろう。

 僕は魔力を発動させる。


神聖魔法「サンダルフォン」


 僕自身にサンダルフォンを降臨させる。

 天国の癒しの音楽。

 人間の世界には存在しない音を僕の喉をつかって、『サンダルフォン』に再現させる。


 星が瞬くように

 月が輝くように

 太陽が照らすように

 空が晴れ渡るように

 僕は魔王の回復を願い歌い続けた。


 僕は歌い終わる。

「魔王どうだ?」

 魔王は目を見開いた。

「なんだこれは。不思議だ。少し楽になったよ」 

「少しか」

 僕は完全回復させるつもりで魔法を使ったのに少しとは。

 いや、でも少しでも効果があっただけましだろう。

 時間を稼げればそれでいい。

「直接、歌を聞かせれば、治るだろう。今から僕は、君の元に行く」


 魔王が体を起こし僕に向き直る。

「ありがとう。でも、やっぱり、君には来ないでほしい」

「どうして? 僕はもう、君を殺したりしない」

「それは、わかっているよ」 


「君と大地の勇者の戦いを見たものもいる」

 何度もやりあったから、森の中から視線を感じていた。 

「君たちの強さに恐れおののき、私の和平した方がいいという声を聞き入れてくれたものも多い。かつて私が君の村を襲ってしまったように、できることなら勇者を……君を殺してほしいという声も聞く。多分、恐怖から、君を攻撃するものもいるだろう」

 確かにそれは普通の反応だ。

 人も、殺される恐怖から、魔族を滅ぼそうとしている。

「もう君と仲違いはしたくない。魔族に落胆してほしくはない」


 本気で、和平を目指しているからこその言葉。


「ならば、僕は、君の領地で攻撃を受けても、反撃しないと誓う」


 僕は応えなければいけない。

 

「和平のためならば、きっと憎しみをまき散らすのではなく、受け止める者が必要なんだ」


 それが守護勇者として、僕の役目だ。 

 今はもう、勇者を辞めたいなんて言わない。

 僕は僕が勇者であることを誇りに思う。


「それでは、君が傷つくだろう」

「それは、魔王もだろう」

 僕なんかよりみんなを守るために、死にそうになってるやつが何言ってるんだ。


「僕はゲームができればそれでいい。面白いゲームを作ってくれるんだろう」


 ずっと憎しみだけで孤独に生きていたのに。

 僕が苦しい時に、助けてくれたのは魔王のゲームだった。

 今度は僕が魔王を助けに行く。


「そうだな。私は、君のために面白いゲームを作ろう」


 僕と魔王は大切な約束をした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ログアウトをすると僕は旅支度を始めた。

「クランどうしたんだよ。ゲーム中に神聖魔法を使うなんて」

 エレンが僕に聞いてくる。

 僕は質問に答えずに言った。


「行こう。魔王城へ」


 僕は魔王城を目指す。

 魔王を倒すためではなく、救うために。

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